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ひぐらしの鳴き声が猛暑の空を飾っている。そう感じた。彼らはこの空を自由に飛ぶことなく、鳴くことに徹している。
このカンカン照りの真夏日、俺は墓石に腰を下ろす。不謹慎かもしれないが、ここの主は成仏しているようだし問題ないだろう。
もし自分がまだ生きていて、肉体のある者であったなら墓石のひんやりとした冷気が心地よかったんだろうな。つい向かいの墓にある、お供え物のきゅうりの浅ずけに手を出して、となりの墓にあるお供え物の缶ビールで一杯やってしまいそうだ。
しかし当然、幽霊である俺には飲み食いなんてできない。
ならなぜ、お供え物などという物があるのだろう。死者に口無しとはまさにその通りで、死んだ彼らは飲み食いという些細な娯楽ができないのだから。
雲一つない、海と見間違えてしまいそうな青空を見ながら、お供え物の本質について、足りない頭で考え始める。
いや、俺の頭は足りないどころか白骨化しているのだが。
もしかしたら自分の墓のお供え物は食べられるシステムがあるのだろうか。その人のお墓が霊魂と食物をつないでいたりして。
なんて突拍子も無い仮説を立てる。
なら早速試しに自分の墓のお供え物を食べてみようか。
と、いきたいところだったが、残念ながら俺には不可能。なにせ俺は自分の墓がどこにあるかはおろか、自分が誰だかもわからないのだから。
俺の生前最後の記憶は燃え盛る貨物トラックと、血まみれで骨があちこちむき出しのグロテスクな自分の姿。そんな中最後に一言。
「ここはどこだ・・・てか・・・俺は誰だ」
いや二言だった。なんとも間の抜けた最期だったんだろう。
そこから俺は病院に搬送され、緊急手術室にて自分の死体とご対面することになる。他人のようで全くそうとは思えない、気色の悪い感覚だった。まるで行きどころのない自分の魂がヌルヌルと撫でられているようだった。
俺の見た目は多く見積もっても20代前半。彫りの深い短髪。おしゃれボウズ、ソフトモヒカン。そうおぼろげに記憶している。
ふと病室のカレンダーを見れば8/1。子供たちは夏休み真っ最中か。こんなき前のいい日に死んでしまうとは。
そう残念がっていたことも記憶している。
回想はこれぐらいにして、俺は墓石から腰を上げる。
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