32人が本棚に入れています
本棚に追加
バスルームへの扉が閉まる音を聞いて、咲良は頭の先まですっぽりと布団を被った。
火照った肌に、冷たい表面が心地いい。
今日は色々あり過ぎて、頭の中が処理仕切れずにくらくらする。
「疲れたな......」
何も見えない密閉空間でしばし考える。
真っ先に浮かんだのはあいつの顔だったが、全くもって考えたくない。
濡れたせいで風邪引いてないかとか、腫れは痛くないかとか、どうでもいい。
......どうでもいいんだ。もう。
もうあいつの中に僕はいないんだ。
僕なんかどうでもいいんだ。
「恥ずかしい......」
一歳という歳の差。
近いようで、まるで遠い。
追い付いたと思ったら離れていく。
......気に入らなかった。
この距離をどうしても縮めたくて、
どうしようもなかった。
もう一度会いたくて、
想わない夜はなかった。
......必死になった結果がこれだ。
一年ぶりに会ったあいつは、僕の知っている幼馴染みとは全く変わってしまっていて。
僕の知らない誰かに笑いかけて、ちやほやされて、慕われて。
距離は縮まるどころか、もう既に僕の手が届かない遥か遠くまで遠ざかってしまっていたんだ。
こんな気持ちを味わうくらいなら、忘れる努力をしたほうがよかったかもしれない。
この胸を満たす思い出も。
根を張り息づく体温も。
『好き』だなんて言葉だって。
そしたらきっと、またあの手に触れられたいなんて、願わなくて済んだのに。
僕は本当に馬鹿だった。
気づいて欲しくて、思わず水を投げてしまうくらいに、僕はあいつに依存してしまっていて。
僕の時間も、視線も、頭も、心も、思い出も、苦しいくらいに何もかもがあいつに帰着する。
重症患者だ。
あいつを消し去る薬が欲しい。
触れたい。
話したい。
会いたい。
会いたい。
同じ場所にいるはずなのに、
どうしてこんなにも遠いんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!