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そのうちに、龍馬はついに書きあげたらしいその横長に連なる紙を、無言で示した。
慎太郎は示されたままに無言のうちに膝を進ませた。
そしてふと龍馬のほうに視線を送ると、右肩を左手で支えながら回し腰をひねると大きく深呼吸していた。
このとき龍馬が「大変だった」「疲れた」とはなしてくれたら、慎太郎の心もちは幾分か楽になっただろう。
だが、龍馬の真意を見るのに無言を通されては、彼の緊張は高まるばかりだ。
龍馬が慎太郎を気遣い、いつもの状態の接し方でいてくれるのに、これほど沈黙が気まずいと思ったことはなかった。
この一片の紙が自分たちの仲を切り裂くのかと思うと、慎太郎の指は震えた。
出来ることならこのようなものはもう見たくはなかった。
だが、前に進まない限り理想は語れないと自分に言い聞かせて、恐れる一節を探した。
それは呆気なく見つかった。
しかも最も恐れる位置にあった。
数々の名前が横長にずらりと枠に入り配列された第二段、それらの枠の上に線が引かれてあり、その線は最上段の『○○○』で一本にまとまっていた。
これは、龍馬は文章より分かりやすく図を用いて、諸所の政務を取り仕切るのは『○○○』であることを強調したかのようだ。
まさに執念というべきである。
軽やかに書いているように見せかけて露骨に自分の主張を強く表していたその手法に、ただ慎太郎は今一度龍馬が恐ろしく思えた。
彼は龍馬と数々の偉業を成してきたから、龍馬のそういう面をたくさん見て理解もしてきた。
話を巧みに進める軽妙さと相手に妥協しない強靭さの両面を使い分ける龍馬の話術を、人間離れした才能と捉えて敬意を抱きつつも畏怖していたのだ。
今の自分に、彼に立ち向かえるのか、と慎太郎は問いかけた。
答えは分かっていた。
弁論ではもはや龍馬には勝てない。
ならば、己の信念を通すのに残された方法はもう限られている。
慎太郎は据えた腰を鞘で強く叩いていた。
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