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風呂場での出来事
脱衣所で服を脱いだ私は、浴室の扉を開けて湯気の立ち込めるその中に入った。
脚を伸ばせない浴槽があるタイル貼りの狭い浴室。トイレのある脱衣所の方がまだ広い。ユニットバスと言えば聞こえはお洒落だが、浴室の扉の磨りガラス越しに便器が見えるというのは、お世辞にも良い眺めとは言い難い。
プラスチックの椅子に腰を下ろし、蛇口を捻りシャワーの温度を調節する。まとわりつくような湯気が肌をしっとりと濡らす。湿気か汗か分からなくなったそれをシャワーで流した。
高校を卒業し、地元から離れた地に就職して1年。小うるさい上司は未だに好きになれないが、誰もいない部屋に帰るのには慣れてきた。
1年か。
シャワーで髪を濡らしながら考える。
初めは右も左も分からず、本当に独りでやっていけるのか悩んだものだった。この地で友達を作ろうと張り切って空回りしたり、夜中に母を相手に電話口で泣いてみたり。今思えば、あの時にあったのは不安ばかりで、実際なにか起きたのかと言えばそうではない。生活は出来たし、仕事も怒られはしていたが全く進歩がないわけでもなかった。
意外と何とかなるものだ。
1年経って、ようやくそう思えるようになった。
シャンプーを手に取り、髪を洗う。
そういえば、この間電話で母が「たまには帰ってきなさい」と言っていた。初めの頃はよく、それこそ休日の度に帰っていたものだが、こちらの生活に慣れたせいかここ数ヶ月は顔を見せていない。
来週の休みにでも帰ろうかな。
再びシャンプーを手に取り、毛先まで丁寧に洗う。
地元は何か変わっただろうか。たった数ヶ月で何か変わるとも思えないが、以前帰った時に建設中だった建物は完成しているかも知れない。地元にいる友達に聞いた話だとデパートになるという話だったから、帰ったついでに寄ってみるのも良いかも知れない。
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