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何かいる何かいる何かいる何かいる。
脱衣所の外に何かがいる気配を感じ、戸にはめ込まれた磨りガラスの向こうを見詰める。しかし、幾ら待っても物音の1つもしない。不気味なまでの静けさがあるだけだった。
気のせいだ。大丈夫、何も起きない。
感じる何かの気配を拭えないまま、私はそう自分に言い聞かせながら、手に出していたリンスを使わずに洗い流す。半ば急ぐようにして立ち上がり、湯船に入るため片足を差し入れた。
ゴトン。
私は振り返った。もう気のせいではない。今度は脱衣所の戸を叩いたような音。
近付いている。
その事に気付き、私は文字通り震えた。立ち込める湯気が冷気に変わったような錯覚を覚える。
体の震えを止めるために、私は急いで湯船に身体を沈めようとした。しかし、脱衣所から目を離した瞬間。
バンバンバンバン!
浴室の扉を激しく叩く音に私は飛び上がり、逃げるようにして湯船に飛び込み振り返る。
そして、見た。
悲鳴すらも出なかった。心臓が凍りつき、全身の毛が逆立った。
子供。小さな黒い影が磨りガラスの向こう、貼り付くようにしてこちらを覗いていた。表情も見えるはずの距離なのに、黒く塗り潰されたように全身がボヤけている。磨りガラスに貼り付く小さな手だけが奇妙にクッキリしていた。
私はそれから目を離せなかった。ようやく理解したのだ。目を離す度に近付いてくる。あの遊びと同じなのだ。そう、子供の頃にやったあの遊び。
だるまさんがころんだ。
全身が震え肌が粟立つ。心臓は激しく脈打ち、呼吸が乱れた。得体の知れない影と向かい合ったまま、私は微動だに出来なかった。目を離せば近付いてくる。私が始めたのだ。私が「だるまさんがころんだ」と考えたためにこの遊びが始まってしまったのだ。
黒くボヤけた顔が、笑っているように見えた。
浴室に笑い声が響く。男の子か女の子か分からない声が、クスクスとからかうように笑っている。その声はタイル貼りの狭い浴室で反響し、不穏な響きを持って私の耳にまとわりついた。
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