患者

2/4
前へ
/4ページ
次へ
 医者は頭を抱えていた。それというのも、ある厄介な患者がいるからだ。 「先生。私は正常です。早く、家に帰してください。早くしないと、あの不法侵入者が我が家を好き勝手に荒らしてしまいます」  診察室で、患者は同じことを繰り返し言っていた。半年も。  この患者が病院にやってきたのは、半年ほど前のこと。警察がある屋敷に不法侵入したという彼を、医者のところまで連れてきたのだ。 「いったい、何故、私が担当なのですか?」  診たところ、患者は自分が金持ちであるという妄想に取り憑かれているようだった。自分は金持ちであり、不法侵入した屋敷こそ、自分の家だと思い込んでいた。  よくある妄想癖の症例であるが、奇怪なのは彼が医者の名前を知っていたということだ。医者は本来、精神科の担当医でなければ、彼との面識はない。何かの著書を出すほどの著名人という訳でもなく、彼が医者のことを知っているのは些か不思議であった。  しかし、彼は警察に対して、こう言った。 「私は金持ちで、あの屋敷は私の家なんだ!A病院の先生に繋いでくれ!そうすれば、私が言っていることが正しいと分かるはずだから」  警察が彼の訴えを聞き、医者に連絡を入れた。だが、医者は彼のことなど全く知らない。  本来なら専門外のことなので、担当医になりたくはなかったのだが、彼が医者の名を連呼している以上は担当医になる他なかった。  半年間、医者は彼にあらゆる質問をしてきた。素性のことは、もちろん、自分との関係についても。けれど、返ってくるのは自分は金持ちであり、医者にかつて治療を受けたことがあるのだという。  昔の患者に彼がいたかどうか、古いカルテを調べてみたが、彼の名前など載っていなかった。 「いったい、何故、私のナメを知っているのだ?」  医者の疑問は膨らむ一方であった。  ある日のことだ。彼に異変が起こったのは。朝食を食べている最中、ふとした拍子に彼はシャックリが出た。 「ヒック!・・・・?こ、ここは?」  途端に彼は正気に戻ったのだ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加