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と、そのとき、ロータリーを急カーブしながら一台のジープが飛び出してきた。
「みゆき!」
道路の真ん中にいた幼いみゆきは、ジープに気づいてもその場から動けなかった。
鈍い音。
いや、吹雪で音はほとんど聞こえなかったのかもしれない。
ただ、ジープにぶつかって人形のように跳ね飛ばされたみゆきの体が宙に舞い、雪の上にとさりと落ちる音だけがシゲに聞こえたのかもしれなかった。
そのときの映像が、シゲの目に焼きついた。
手には赤い手袋を握り締め、桃色のオーバーを着たみゆきが仰向けに横たわっていた。
僅かにその手がぴくぴくと動いていた。
白い雪に、どこからともなくじわじわと鮮血が滲んでいった。
ジープから降りてきた若い将校は、みゆきの首を手で触れてこの子はもう駄目だとでもいうように顔をしかめて首を横に振った。
ソーリー。ソーリー。
シゲに駆け寄ってきた若い将校はそう言って、幾らかのドル紙幣をシゲの手の平に押し付けるようにして持たせ、ジープは立ち去った。
どうすることもできずにシゲは立ち尽くし、雪の上に横たわるみゆきを呆然と見つめることしかできなかった。
気が動転していたシゲは、その後どうやってみゆきの亡骸が家に運ばれたのか覚えていなかった。
その将校がどんな顔だったか思い出そうとしても思い出せないのだ。
ただ、電信柱のようにのっぺりと背が高くて、ドル紙幣を強引に手渡した手が異様に大きく感じたのを覚えているだけだった。
後日、みゆきが街の有力者の孫だとわかると、慰謝料が十分に支払
われた。
だが、当事者はただの一度もみゆきの墓前に頭を下げには来なかったのだった。
名前すらわからないその若い将校は本国へ帰されたと聞いた。
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