序章

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序章

 こんなに雪が降っても、この街は埋まらないのね。  うんざりしたように、少女が言った。  そうさ、明日になればまた人間どもは朝からせっせと雪を片付けて、何事もなかったようにいつもの生活を続けるのさ。  少女の傍らに寄り添う茶色いぶち犬が、首を傾げて言った。  青い夜の街角で、街燈の下に立つ少女と犬は、ただじっと落ちてくる雪を見つめている。 「お嬢ちゃん、迷子かい?」 身なりの良い白髪交じりの初老の男が、少女に声をかけた。 「いいえ、私は探しものがあるだけ」 「もうこんなに暗いから、明日にでもお母さんに捜してもらうといい」 「でも早く見つけたいの」 「では、交番のお巡りさんに頼んでお家へお帰りなさい。きっとお母さんが心配しているよ」 「ご親切にありがとう。そうします」 少女は微笑み、礼を言った。  親切は時には迷惑なものだ。  少女は犬に向かって呟いた。  確かにそうかもしれない。だけど、今のはきっと良い人だろうよ。  犬はまた首をかしげた。  やっぱりここにもない。場所が違うのかしら。  諦めるのかい。  いいえ。見つかるまで探すの。それが見つかれば、きっとわかる気がするの。  何がわかる?  それは見つからないとわからない。  牡丹雪が降り始め、それは瞬く間に風に乗り、強く吹き付け始めた。  肩を丸めて寒そうに寄り添う親子が、目の前を通り過ぎた。  お母さん。  そうだった。こんな雪の日、道の真ん中に立ち止まっていた私を、お母さんは必死に声を張り上げて私の名を呼んだ。 この真っ白な雪に覆われた道に、私の血がひたひたと落ちたのだ。 お母さん。 落とした赤い毛糸の手袋を拾いに戻った私。それはお母さんが編んでくれた私のお気に入りの手袋。 あんなもの編まなければよかった。あんなもの。 お母さん。 どうして泣くの。ほら、赤い手袋は拾ったよ。 お母さん。 ほら、私はここにいる。私を見て。 お母さん。 何処? 何処にいるの? 私をおいていかないで。 ずっとお母さんを探していたの。 寒い。 凍える。手が冷たいよ。 お母さん……。
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