縄抜け

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縄抜け

「ねぇ後輩くん、これをやってみよう。私これやりたい」  放課後の部室で先輩が言った。入部して半年が経ったけれど、先輩は僕の名前を一文字たりとも覚えてくれていない。 「なんですか先輩」  僕は読みかけの「手品入門」を机に伏せる。なぜ「手品入門」を読んでいるかと言うとこの部活が「マジシャンズ倶楽部」だからである。ちゃんと部室に来る部員は僕と先輩だけの小さな部だ。  だから僕はよく先輩の手品を見せられたり手伝わされたりしている。 「これをやろう。この縄抜けとか言うの」  それは手品というより忍術に近いような気もするけど、まぁ先輩に言っても仕方ない。 「手伝うくらいなら良いですよ。どうやるんですか?」  先輩が立ち上がりロープを僕に渡して、両手首を合わせて前につき出す。縛れという事らしい。ちなみに一応手品をやる部室なので、部室にはロープやらハンカチやらコインやら手品に使えそうな道具を置いている。  ロープを渡された僕は先輩の前に立つ。 「で、どうやるんですか?」  先輩は視線で机の上に広げられた本を指し示す。 「このページに書いてある通りに縛れば簡単に解けるから、やってみて」 「あ、先輩じゃなくて僕がメインなんですねコレ。練習なら普通自分が縛る側やりません?」  僕が指摘すると先輩はキョトンとする。 「だって私サッと縄解いてジャジャーンってやりたいだけだし」  何がジャジャーンだ。ようするに美味しいところだけを持っていくつもりじゃないか。この人がマジシャンになったらアシスタントは大変だろう。大掛かりなマジックは案外アシスタントの方が大変だったりするのだ。 「ほら、早く早く」  先輩が両手を差し出す。失敗したふりして適当に縛ってやろうか。 「あ、そうそう。わざと失敗してキツく縛るとか止めてね」  読まれた。嫌なところで鋭い人だ。 「……そんな事しませんよ」 「いやいや、どうかなー?」  先輩はか弱い乙女のようにふらりと後退った。 「放課後の部室で二人きり……。手品の練習のつもりが体の自由を奪われて……」  ああっ、と謎の喘ぎ。くるくると夢見るように部室を回る。 「そして身動きの取れない私は後輩の性欲のはけ口に……。ああっ、このケダモノ!」  僕はロープを置いて帰った。 .
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