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「違いますよ先輩。やっぱり覚えて無いじゃないですか」
「じゃあ『か』だ!」
「違いますって。なんですか『じゃあ』って。完全に当てずっぽうじゃないですか。僕今すごくガッカリしましたよ」
むぅ、と先輩は悔しそうな顔をする。人の名前を覚えて無い上に当てずっぽうで切り抜けようとした人が何を悔しがっているのかは知らないが。
先輩がならばと僕に言い返す。
「後輩くんこそ、私の名前覚えてるの?」
言われて僕は先輩の名前を思い出そうとしたが、ふとある事に気付いた。
「そうだ先輩。僕、先輩の名前教えて貰ってませんよ」
ふ、と先輩は何か見透かしたような笑い。
「言い訳なんて見苦しいよ後輩くん」
「いや言い訳も何も、教えて貰って無いものは仕方ないじゃないですか」
やれやれ、と先輩。
「後輩くん、愛さえあれば自分で調べる事だって……」
「愛なんて無いですよ」
ええ!? と先輩はわざとらしく驚く。ガタガタと椅子を鳴らしてのけ反る、アメリカ人顔負けのリアクションだ。
「ええ!? じゃないですよ。何で先輩が驚くんですか」
「後輩くんのあの優しさは全部ウソだったの?」
およよ……、と顔を伏せて泣く真似をする先輩。この人はどうも、こういう演技めいた事をやるのが好きらしい。
「僕がいつ先輩に優しくしたんですか。教えてくださいよ。全部直して次から冷たくしますから」
パッ、と先輩が顔をあげる。
「ところで後輩くん」
「なんですか」
「名前なんて飾りに過ぎないと思わない?」
「だからと言って覚えなくて良い理由にはならないですよ」
先輩は深くため息を吐いて背筋を伸ばす。
「やれやれ、やっぱり後輩くんは冷たいなぁ」
「ありがとうございます」
先輩が「うわ、憎たらしい奴」という顔で僕を見た。
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