遠藤誠

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遠藤誠

 周子はお茶で口を潤してから、なるべく心配をかけないように言葉を選んで、叔母に義母の病気を告げた。 「……お義母さんは、脳腫瘍があります。手術は無理だそうです。予後はわかりません。でも今は、本当に癌なのかと疑うくらい元気です」 「そう。あの人がねえ」  叔母はふうっとため息をついた。  あの人。  義母も叔母のことをそう呼んでいた。 「あの人のことだから、旭川の誰とも連絡を取っていないのでしょう?」 「はい。自分は故郷を捨てた人間だからと言っています」 「そう……」 「実は、義母には内緒でここを訪ねました」  それは予想していたことなのだろう。  叔母はさほど驚いた様子もなく、頷いていた。 「あの、それと、義母は今、旭川に来ています」 「ええっ」  あらまあ、まさか来るなんてねえ。  と、叔母は口に両手を当てて驚いた。 「会ってくれませんか?」  柔らかかった叔母の瞳が、きつくなった。 「それは、どうでしょうね」  叔母は良い返事をくれなかった。  何故だろう。  娘が事故で亡くなった。  それだけで、こうも家族が疎遠になってしまうものだろうか。 「たった二人きりの姉妹ですよね。もしかしたら、これが最後の機会になるかもしれません」  周子は叔母の方へ身を乗り出して義母と会うように迫った。  困惑した顔をした叔母は、でもねえ、と呟いて俯いてしまった。  躊躇する理由は何だろう。  他にも理由があるのだろうか。  何か深い溝ができるような理由が。  周子は黙って叔母の方を見つめた。 「周子さん、あの人から事故の後のことは聞いていないの?」 「事故の後、ノイローゼになったと聞きました」 「ノイローゼ、ね。確かにそうだった」  叔母は口元に薄く笑みを浮かべた。  義母のことを軽蔑したような笑い方だった。 「あの人はね、周りの人全てを疑うようになったの」  そういえば、義母はそんなことも言っていた。  誰も信用できなくなったのだと。  聞き流していたが、どういうことなのだろうか。
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