遠藤誠

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「娘を亡くしたあとのあの人は、抜け殻のようだった。毎日、ああしてあげればよかっただの、あの時こうしていたらと、後悔ばかり口にしていた」  叔母は冷めかけたお茶を啜り、ため息をついた。 「誠さん――あの人の夫ですけれど、誠さんも娘を亡くして意気消沈していたところに妻がそれだから、精神的にも相当参っていてね、高野の実家に何度か相談に来ていたの。あの人を実家で静養させたほうがいいんじゃないかってね」  お菓子を食べ終わった美雪は、退屈になり、周子の隣でもじもじしていた。  叔母はそれを見て取り、お部屋を探検しておいでと勧めてくれ、美雪は喜んで居間を出て行った。 「誠さんは当時、会社を引き継いだばかりで、めまぐるしい忙しさだった。そんな中、両親からは、泣き暮らしているだけの役に立たない嫁と槍玉に上げられ、あの人のことをかばうのに苦労していたようで、誠さんが本当に可哀想だった。シゲを支えてあげなければって、誠さんはいつも言っていた。私はまだ実家にいたから、よく誠さんがため息をつきながら、眉をひそめて母に相談に来ているところを目にした。嫁の実家に夫が相談に行くなんて、当時では考えられないことだった。周囲で噂にもなって、両親にも恥ずかしい真似はよしなさいと忠告されていたようだけれど、気にせず、シゲにとって最良の方法は何だろうかと常に考えてくれていた。あんなに優しい誠さんを、あの人は追い込んでいったの」  ずっと誰かに話したかったのだろう。  話し始めると、叔母は息もつかずに話した。  その話し振りは冷たく響いた。  周子には怒りが滲んでいるように思えた。 「ある日、誠さんが帰り際に目を赤く腫らしながら私に向かってこう言った。『僕はもうだめだ。シゲを支えきれない。どうかシゲを支えてやってくれ』と。誠さんは目を赤くし、今にも涙を流しそうだった。だから、私は思わずハンカチを差し出したの」  こうやって。  と、叔母は私の前に両手を添えて、ハンカチを差し出すような仕草をした。 「有難うと言って、誠さんはハンカチを受け取り、目頭を押さえた。今でもそのときのことははっきりと覚えています。そして、誠さんはハンカチをポケットに仕舞い、帰った。ただ、それだけのことだった」  叔母は最後の言葉に力を込めた。  それだけのことだったのだ、と。
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