―プロローグー 僕の彼女は和菓子屋

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僕が彼女と初めて出会ったのは、小一の夏だった。親戚が僕の家に遊びにくるということで、僕はお母さんと一緒に近所の和菓子屋さんまで大福を買いに行くことになった。 その和菓子屋さんはいちご大福が有名で、僕も以前に何度か食べたことがあった。外の餅は軽い弾力があるが柔らかく、中の餡子は甘すぎない。そして、それらが一番奥のいちごと合わさることで、絶妙な甘酸っぱさをもたらす。 1個210円と少し割高なのだが、毎日限定100個生産のこのいちご大福は、お昼前には必ず売り切れるほど大人気だった。 今はまだ朝の10時、大福は残っているはずだ。その日は真夏日で、とても暑かったのを覚えている。体中から吹き出る汗が、僕の半袖のTシャツをぐっしょりと湿らせていた。歩くこと15分。 僕らは和菓子屋さんの前に着いた。看板には「和菓子之霞(かすみ)」と書いてあった。 店内はほどよく効いた冷房のおかげで、外の暑さが嘘のようだった。僕の身体から一斉に汗が引いていくのがわかった。 商店街にあるこの小さな和菓子屋さんは、家族経営の小さなお店で、おばあちゃんとおじさん、おばさんの3人で、大福作りから販売までの全てを行なっていた。 僕とお母さんは、ショーケースの中に限定100個と書かれたいちご大福がまだ残っているのを見て安心して笑うと、すぐにいちご大福を10個注文した。 お店のおばさんが大福を箱に詰めている間、僕は店の中を眺めていた。ショーケースの中には、いちご大福以外にも多くの種類の大福や、大福以外の和菓子も並べられていた。ガラスが曇りなく綺麗に拭かれているため、僕はショーケース越しにでも店の裏がよく見えた。 僕がガラス越しに店の裏を覗いていると、反対側で僕と同い歳くらいの女の子が同じようにこっちを見ているのに気付いた。 「こんにちは。」 僕は自分から挨拶をした。お母さんが毎日僕に「誰にでも挨拶しなさい」と言うからだ。そうは言っても21世紀生まれのシャイな僕は、お母さんがいないところでは自分から挨拶することはまずない。 「ほらユミ、挨拶しなさい。」 おばさんに促され、ユミと言われた女の子は店の奥からひょこひょこと、まるで妖精が飛んでいるかのような軽い足取りで出てきた。そして、少し恥ずかしそうにこっちを見ると、 「霞ユミです。」 と、ささやくような声で言った。
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