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「セリカ、配達をお願いできるかしら」
「はい!」
オーナーに声を掛けられたセリカは、快活に返事をして、彼女のいるレジの奥へ向かった。そこには小部屋があり、配達の準備や伝票の整理をするための作業場所になっている。
「これが注文の品で、これが配達先よ」
オーナーは大きな花束と注文書を手渡した。セリカはすでに配達にも慣れている。これ以上の説明は不要だった。
いつものように、セリカは二つ折りになっていた注文書を開き、配達先を確認した。だが、それを目にした途端、彼女はハッと息を飲み、いつもと違う反応を示した。あからさまにうろたえながら、呟くように言う。
「ここって……」
「そう、王立アカデミーよ」
オーナーは事も無げに答えた。
セリカは眉根を寄せてうつむき、苦しげに顔を歪める。
「あの、すみません、ここは……」
「事情は聞いているわ」
オーナーは真面目な顔で言った。
セリカは驚いて顔を上げた。事情というのは、アカデミーを退学したという事実だろうか。それとも、それに至る詳しいいきさつまでも知っているのだろうか。どちらにしろ自分は話していない。おそらく母親だろう。それ以外にはいない。
「でも、これは仕事なんだから、単に行きづらい、行きたくないって理由は通らないわよ。何か正当な理由があれば聞くけれど」
オーナーは少しの厳しさを含んだ声で、キビキビと言う。それは、まったくの正論だった。セリカは何も反論できなかった。
「……いえ、行きます」
力のない声でそう答えると、帽子をかぶり、花束を抱えて店を出た。足が鉛のように重かった。
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