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息を潜め、中の様子を窺う。
暗くてよく見えないが何もないはずのベッドの上に、確かにいる。
警戒心が再び遥を包む。
窓際の暗がりでかろうじて認識できるのは、横たわっている人間。
一体誰が――。
日付が変わってからもうすぐ一時間が経とうとしていた。
月を覆い隠していた雲が、ゆっくりと流れ始めた。
窓際の暗がりは夜の暗雲が創り出したものだった。
風に押されて空景色が左へと動く。
遥はその人物の姿がはっきり見えるまで近付いた。
「なっ……」
思わず声をあげる。
月光が照らし出したのは、静かに眠る一人の少女だった。
ベッドで規則正しい寝息をたてる少女は小柄で清潔な空気を纏い、長い月色の髪を下の方で二つに束ねている。
その髪束だけをベッドの真ん中に残し、身体は控え目に隅の方に置いているので落ちてしまいそうだ。
雲が晴れたおかげで全身に月明かりを浴びた少女は薄い金色の膜に覆われてぼうっと光っているかの様だった。
寝息や指先に宿る人間らしい温かみを引けば、あたかも精巧なフランス人形の様に感じられた。
ただ、単に美少女と呼ぶにはどこか頼りなく、壊れてしまいそうな儚さがあった。
彼女は一体。
迷子か泥棒か。
まさかノベルズ?
遥はいやいやと首を振る。
――道理で「魔除け」が機能しなかった訳だ。
こんな少女じゃ、上の方にある鎖には引っかからない。
「……」
さて、どうしたものか。
遥は何をするでもなくしばらくぼーっと少女を眺めている自分に気付いた。
疑問は湧いて出るばかりだが、それ以上に遥は何故かこの少女に惹かれた。
はっきりとした理由はないが、少女が自分に何かをもたらしてくれそうな気がした。
遥の求めているもの、探していたもの、かけがえのないもの。
どれも一人では手に入る気がしないのだ。
追い出すべきか、否か。
もしも先程の警察騒ぎと関係があるのなら、この少女の存在は自分にとってあまり芳しくない。
災いの種は手元に置いておくべきでないからだ。
考えあぐねた遥はもう一度少女を見つめた。
するとふいに少女が身じろぎをした。
「!?」
反射的に意味の無い臨戦態勢を取ったが、起きる気配は無く、遥はベッドに近付き、そっと顔を覗いた。
「……」
遥は目を見開いた。
少女の小さな顎先に、僅かだがはっきりとした涙の跡がある。
よくよく見ると目の周りも赤く腫れている。
「……泣いてる」
最初は気付かなかったが、少女はこの上なく不安そうな顔をしていた。
まるで寝床に縋る、行き場を無くした子どものようだ。
遥は静かにベッドから離れ、隣の部屋のソファーに寝転がった。
今しがた見たものは、考えを改めるのに十分だった。
相手は女の子一人だ。
どうにでもなる。
ややこしい問題は明日に回そう。
「……あ」
大欠伸をして目を閉じると、突然自宅に現れた見知らぬ少女に嫌悪を感じなかった理由に気が付いた。
(久し振りに家の中が温かいからか)
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