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「本ッ当に大丈夫なのか?」
遥が心底心配そうに聞いた。
段々と陽が高くなり、うっすらと汗が浮かび始めた頃、早々に上着を脱いでいた古宮とは対照的に、遥は制服を着たままでしきりにカヨのリュックを気にしていた。
「大丈夫……あの男の子とは友達になれたと思うから、多分」
「多分って……」
「そのへんにしとけ。あんまりしつこいと嫌われるぞ」
前を行く古宮がわざとらしく嫌そうな顔をした。
「でも……」
遥の心配の元凶はカヨが持ち歩く事に決めた例の鏡にあった。
『この鏡を持って行く?』
数時間前。
事件後すっかり誰も寄り付かなくなった屋敷に一晩泊まり、次の街に発とうとした翌朝のことだった。
カヨが魔鏡を持って行くと言い出したのだ。
『もう、誰かを食べたりはしないと思う。それに……』
――我が真の姿まみえる時まで、暫し別れだ――
『あれは、この鏡の本当の姿じゃないみたいだから……お願い』
『ま、仲良くなったんならいいんじゃねぇの』
カヨの頼みに何か分かっている風な古宮はあっさり承諾したが、遥はまだ心配そうだった。
ちなみに宝生寺老人をはじめ先に飲み込まれた人達は別の部屋の鏡の前に転がっていたのを発見したので、そのままにしておいた。
「ほら、見えてきたぞ」
先を歩いていた古宮が日差しに目を細めながら言った。
ノベルは初夏に差し掛かっているらしい。
丘を下りきると、街に辿り着いた。
遥の住んでいたラディスとは比べ物にならないくらい大きな繁華街だ。
勿論口には出さなかったが。
「おい、アレ見ろ」
街に入り、立ち並ぶ様々な店や品物に目を奪われていたカヨと遥は古宮に言われ城下の向こう側にそびえる建物に目をやった。
「わぁ、お城……?」
「確か、王家の」
「ソリアーノ城だ」
森に囲まれた城は太陽が反射し、遠くで光っていた。
「ちょいとお姉さん、お金が足りないよ」
賑わう店々の中からひときわ大きな声が聞こえ、三人はそちらを向いた。
皮売りの男が店の中からフードを被った華奢な女性を引き留めている。
何事かと視線が集まる中、女性はゆっくり振り向き、きっぱりと言い放った。
「それはあんたがコレとすり替えるまでの
話でしょう?」
女性は堂々とした態度で革紐を店主の前に掲げた。
くたびれた革紐はどう見ても使い切った後のようにボロボロで、売り物とは言い難い。
「気付かないとでも思って?」
女性はあくまで強気だ。
「……あんたの後ろについてる地主、仲良いんだけど」
女性が男の耳元で低く言うと男は顔をみるみる歪ませ、小さく「クソッ」と綺麗な革紐を袖から取り出し、女性の手に押し付けた。
女性は満足げに微笑み、マントを翻してその場を後にした。
去り際、近くで見ていたカヨと目が合った女性はわずかにフードを上げ、ウインクした。
黒くパッチリとした切れ長の目が合うか合わないかといううちに女性は人混みに消えていた。
(わぁ……)
その凛とした雰囲気と美貌に、カヨは一瞬魅入った。
(かっこいい女の人……)
「ねぇ、さっきのってチーフじゃない?ここのところ有名な」
女性がいなくなった後、騒ぎを見ていた客の一人が興奮した様子で友人に話しかけた。
「やっぱり?この街に来てたんだー何かお宝でもあるのかな?」
女性客はひそひそ盛り上がりながら人混みに戻っていった。
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