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「何だイタズラか」
「また猫か何かと間違えたんじゃねーのか?
一週間前にもあったぞ」
「……ったくやってらんねーよ」
何人かは手柄を探してか街路樹の向こうの茂みを覗いたりしていたが、何も得られなかったようだ。
口々に悪態をつきながら戻って行く一団を窓ガラス越しに見ながら、カヨは震える手をそっと握りしめた。
(な、何だったの……?)
男達は正確にカヨがさっきまで居た場所に集まっていた。
何を話していたのかは聞こえなかったが、先程の侵入者という言葉と今の自分の状況を考えれば大体の予想はつく。
やはり自分を捜していたのだ。
もしくは、捕まえに。
カヨはそっと窓際から離れるとよろよろと後ずさりし、その場に座り込んだ。
「は……ぁ……」
ひとまず窮地は脱したらしい。
これで安心できる程カヨの心臓は強くないが先程の一件は二つの事を明らかにした。
一つは人が居ること。
もう一つはここは天国ではないという事だ。
数分前、カヨは並ぶ家々の中から、咄嗟に近くにあったこの家に飛び込んだ。
鍵が開いていたのが、本当に奇跡だった。
賞賛すべきは己の身軽さか運か。
もしも入る家を間違えていたら。
考えるだけでも恐ろしい。
何だか今日はこんな事ばかりだ。
カヨは深く息を吸い込むと立ち上がり、月の明かりを頼りに家の中を見回した。
カヨが立っている小さな部屋は玄関と繋がっており、その先に少し広めのダイニングが見えた。
ところどころに本や衣服が落ちており、住人の存在を示している。
「あの、誰かいますか……?」
カヨはおずおずと呼び掛けてみたが、返って来るのは静寂ばかりだった。
ひたひたとダイニングまで足を運んでみたが、人の居た形跡は無かった。
(誰も、いない……?)
この家の住人は留守のようだった。
家に入った時に感じた違和感がこれだった。
何故鍵がかかっていないのだろう?
罪悪感に駆られたカヨは戸口に向かった。
『侵入者だ!』
数分前の記憶と叫び声がフラッシュバックする。
それは外に出る勇気を根こそぎ奪い、カヨを固まらせた。
まるで何事もなかった様に再び静寂に満ちた街を見ていると、先程の騒ぎは自分の所為だったのだと改めて思い知る。
この見知らぬ世界でも否定されている気がして、カヨは声も無く泣いた。
考えることもやめて、ただ感情に流されるまま、泣いた。
不思議の街は、やはり静かなままだった。
いつの間にか涙が枯れ、手近にあったベッドに倒れ込んだ。
――目が覚めたら、今日の事が夢になっているかも知れない。
カヨはそのまま落ちるように眠りについたのだった。
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