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央神 遥は家路を急いでいた。
右肩にしおれた布鞄を引っさげ、左手には明日の朝食用に買ったパンの入った紙袋を抱えている。
真夜中過ぎに外を――特にこの辺りを出歩くのは危険なのだが、遥は気に留めずに歩いた。
夜の見張りに見つからないように帰るのは慣れているし、現に今夜も何事もなく自宅付近まで辿り着いた。
と、遥は突然足を止め、するりと隣家の陰に隠れた。
察知したのは、敵対する組織の人間の気配。
危険というのはこの事だった。
彼等と遥は互いに相容れない考えを擁しており、長らく対立という形を取っていた。
が、向こうに権力がある分、此方はそれを掻い潜ることしか出来ないでいる。
数分の後、男達の声が遠のいて聞こえなくなったのを確認すると慎重に玄関に近付く。
「あー……」
遥は面倒そうな表情を浮かべた。
玄関扉が僅かに開いている。
上を見遣ると、仕掛けていた魔除けの長鎖がその役目を果たしていない事が分かった。
「魔除け」とは遥が勝手に付けた名前である。
本当はこちら界隈で安く売られている防犯グッズで、謂わば対警察用の鼠返しである。
対警察といっても警察のみならず大の男なら誰でも入れないというかなり大雑把な代物だが、この家には遥以外の人間は居ないので値段の割には便利と言える。
しかしそのお役立ち道具も主人の手抜かりには敵わない。
ここのところすっかり夜型生活をしていたせいで今朝は寝坊。
戸締まりを忘れた遥は学校が終わったら早く帰ろうと決心していた筈なのだが、気になっていた資料を見せてくれるという友人の言葉に乗り、ついつい時間を忘れていた。
「反政府思想」と呼ばれる遥達は時たまこういった警察による家捜しに遭う。
これはナショナリストの中にいる一部のある人間を探し出す為である。
ナショナリストである事は罪ではないが、前述に該当する人間は罪人の扱いになる。
尤も彼等を罪人と認識しているのは殆どが国家や警察であり、遥は勿論のこと、彼等を悪だとは考えている人間は少ない。
理由は様々だが、例えば家主である遥に断りなく家捜しするとか、無意味に夜中の外出を厳しく取り締まるとか、そういう傲慢な態度も一因ではないかと遥は思う。
この傾向は遥が住んでいるような地方に行く程、顕著に見られていた。
後悔したところで、あとの祭り。
遥は嘆息と共に中に入った。
ガチャ……ン
扉の閉まる音が響く。
一人暮らしの家は真っ暗で、迎えてくれるのはいつも月明かりだけだ。
制服のネクタイを緩めながら注意深く閑散とした室内を眺めた。
「……」
遥は眉をひそめた。
国家警察――もとい「ノベルズ」が侵入したわりには家捜しした形跡が無い。
歴史の本やら雑誌やらが玄関先まで散らかっているのは朝出た時のままで、遥はまた同じ場所で躓きそうになった。
ダイニングも今朝脱ぎ捨てた服が散乱している。
(思い過ごしだったか……?)
拍子抜けしたように開けっ放しの扉から寝室に入ろうとして、はたと立ち止まった。
中には、先客がいた。
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