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朝の訪問
「さあ、できたわよ」
柚子は焼きたてのトーストをアリアの目の前の皿にのせた。
朝食を楽しそうに作る柚子を目で追い、アリアは食卓について紅茶を口にしながら、ぼんやりしていた。
まだ外は寒く、人肌が恋しくなる季節。
いつもなら、ヒロからの連絡をじっと待つだけの孤独な日々のはずが、こうも生活ががらりと変わるとはアリア自身、思いも寄らなかった。柚子が来てから、この一ヵ月足らずの間に、以前には考えられないほど規則正しい生活になっていた。
午前中に起こされ、朝食もしっかり摂っている。温かい食事を作ってもらい、一緒に食べる相手がいる。そんなことがアリアにはとて新鮮だった。
他人と生活を共にすることで気疲れし、生活は窮屈になると思っていたが、予想外に居心地が良いのだ。
あまり使用していなかったこの古ぼけたアパートの三階で、柚子と二人、人並みの生活を送っていた。一人の時意外は必ずかけていたサングラスも、柚子の前ではいつの間にかはずすようになっていた。
「これは柚子のおかげかな」
アリアはトーストをかじりながら、苦笑しながら独り言を呟いた。
そんなアリアの様子を見て、柚子が首をかしげた。
「なあに笑っているの」
「いや、なんでもない」
柚子のペースに乗って気を許してしまった部分もあるが、まだ必要最小限の会話しか交わさないように用心はしていた。
『何を考えているのかわからない、危険な子よ』
アリアは女怪盗Dの言葉がずっと引っかかっていた。
短期間だが、柚子と生活していたDの言葉は重い。
泥棒の弟子になりたいといっていたが、柚子は他に何か目的があって近づいてきたのかもしれないのだ。柚子に関することは、杉沢柚子(すぎさわゆず)という名前と、高校生ということしかわかっていない。だが、柚子は今のところおとなしく、高校にも休まず登校し、平穏な日々が続いていた。
ただ一つ、例の双子が気軽アパートへ出入りするようになってしまったことがアリアの悩みの種だった。
「ねえ、サングラスをはずしたんだから、私の前では男の姿はやめてもいいんじゃないの」
柚子は洗いざらしの白いシャツにパンツスタイルのアリアを眺めて言った。
柚子が来る前から一人でいる時もこんな服装だった。アリアは男として長く生活してきた。もうそれは自分でも違和感がなくなっていた。
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