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「……里花」
正輝が沈黙を破り、自分へ向き直った。
「手紙受け取った手、他の男の手で汚れたままだよな……」
「…え…?」
他の男から受け取った事そのものが、『汚れる』という事なのだろうか。
そう考えた一瞬の間に、正輝はふわりと隣に座った。嗅ぎ慣れた彼の香水の香りが鼻をつく。
「受け取ったの…右手、だったよな…」
虚ろな目で微笑みながら、優しく手を取った。
「この手が……他の、男に…っ…俺以外の男に触れて、汚れてんだ……」
吐息が、手にかかる。
「っ……に、い……!」
怖い。
兄が、怖い。
逃げ出したいが、脚がすくんで動けない。
「だから……綺麗に、しないと…な…? 今、俺が…」
「や、やめ……!」
「綺麗に……してやるよ…………っん」
温かく、濡れた感触が指先に走った。
「ひっ…! 」
正輝が指を、くわえている。
口に含んで、舌を絡み付かせるように蠢かせて。
「ん、ん…里花、の…指…っ…もっと…きれ…に…!」
「兄さんっ、やめて…っ…」
やっと絞り出せた言葉も、彼には届かない。
指から伝わる少しざらついた舌の感触に、背筋がぞくぞくと震えてしまう。
自分を思っているからとはいえ、明らかに普通の考え方ではない。
自らの口と舌で手を綺麗にしようなどと、普通は考えない。
「り、か…っ…んっ…!」
水音を立てながら、正輝は何度も舌を這わせた。
親指、人差し指、中指……丹念に、執拗に。
「兄、さぁん…っ…やだ…ぁ…!」
唾液が指から指へ糸を引き、部屋の照明に照らされて妖しく光る。
それが尚更彼の狂気を引き立てているように思えて、里花は弱音を漏らした。
なんとか逃げ道がないものかと探るものの、自分に覆い被さるように正輝が目の前にいるためあるはずもない。
ただ受け入れるしか、ない。
「っ…う……ぅ……!」
ーー人に流されやすい傾向にある。
ふと、先程の兄の言葉が頭をよぎった。
確かに、そう。自分は気持ちが弱い。
他人に嫌われたくないから諦めるし、仲間外れにされたくないから合わせる。そうやって今まで生きてきた。
他人の目を窺いながら、怯えながら、里花は生きてきた。
兄は、そんな自分を理解してくれていた。
自分の心を押し殺して日々を送る里花にとって、兄は唯一感情を露にできる人物なのだ。
今までも、これからも…………
兄だけが、心の支えだ。
兄さんだけが、私の理解者。
兄さんーーーー
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