兄 × 妹

8/10
前へ
/10ページ
次へ
「……里花」 正輝が沈黙を破り、自分へ向き直った。 「手紙受け取った手、他の男の手で汚れたままだよな……」 「…え…?」 他の男から受け取った事そのものが、『汚れる』という事なのだろうか。 そう考えた一瞬の間に、正輝はふわりと隣に座った。嗅ぎ慣れた彼の香水の香りが鼻をつく。 「受け取ったの…右手、だったよな…」 虚ろな目で微笑みながら、優しく手を取った。 「この手が……他の、男に…っ…俺以外の男に触れて、汚れてんだ……」 吐息が、手にかかる。 「っ……に、い……!」 怖い。 兄が、怖い。 逃げ出したいが、脚がすくんで動けない。 「だから……綺麗に、しないと…な…? 今、俺が…」 「や、やめ……!」 「綺麗に……してやるよ…………っん」 温かく、濡れた感触が指先に走った。 「ひっ…! 」 正輝が指を、くわえている。 口に含んで、舌を絡み付かせるように蠢かせて。 「ん、ん…里花、の…指…っ…もっと…きれ…に…!」 「兄さんっ、やめて…っ…」 やっと絞り出せた言葉も、彼には届かない。 指から伝わる少しざらついた舌の感触に、背筋がぞくぞくと震えてしまう。 自分を思っているからとはいえ、明らかに普通の考え方ではない。 自らの口と舌で手を綺麗にしようなどと、普通は考えない。 「り、か…っ…んっ…!」 水音を立てながら、正輝は何度も舌を這わせた。 親指、人差し指、中指……丹念に、執拗に。 「兄、さぁん…っ…やだ…ぁ…!」 唾液が指から指へ糸を引き、部屋の照明に照らされて妖しく光る。 それが尚更彼の狂気を引き立てているように思えて、里花は弱音を漏らした。 なんとか逃げ道がないものかと探るものの、自分に覆い被さるように正輝が目の前にいるためあるはずもない。 ただ受け入れるしか、ない。 「っ…う……ぅ……!」 ーー人に流されやすい傾向にある。 ふと、先程の兄の言葉が頭をよぎった。 確かに、そう。自分は気持ちが弱い。 他人に嫌われたくないから諦めるし、仲間外れにされたくないから合わせる。そうやって今まで生きてきた。 他人の目を窺いながら、怯えながら、里花は生きてきた。 兄は、そんな自分を理解してくれていた。 自分の心を押し殺して日々を送る里花にとって、兄は唯一感情を露にできる人物なのだ。 今までも、これからも………… 兄だけが、心の支えだ。 兄さんだけが、私の理解者。 兄さんーーーー
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加