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「この世界には光が溢れている。暖かくて優しい光がーー」
一人の女性が女神像の前で、まるで懺悔するかのように膝まずいて吟っていた。目を閉じ、手を組むその姿は敬虔な信徒を思わせるが、生憎彼女は神に祈ってなどいなかった。
「でも、その光は諸刃の剱その物……。翳してしまえば、そこに一つの影が降りる。暗くて、冷たい、万物の生命力を悉く吸い込む魔性の水面……」
そもそも彼女は人ではなかった。人間の姿を模してはいるが……明らかに違う。人と人との間に生まれたのが人間だとするならば、彼女は生物的に人間ではないと断言できる。
人ではない何かは閉じていた目を開けると、顔をゆっくりと上げて女神像を見る。
「かつて人間は、目に見えない不思議な何かを畏怖と期待を込めて‘’神‘’と呼んだ。自然災害、運命、現象、心理、星、万物、この世のありとあらゆる全てが‘’神‘’によって創られたと寿(ことほ)ぎ、その責を、在りもしない存在に押し付けた」
何故なら彼女の影が不自然に歪んでいたから……。ステンドグラスから差し込む光が直線であるにも関わらず、彼女の影はまるで独立しているかのように蠢きながら形を変えていた。それに加え彼女には、本来人間に無くてはならない物が欠如していた。
それは心臓だった。生命を司る心臓が女性の胸ごとごっそり無くなっていた。
「だからこれは‘’神‘’による正当な罰である。信仰を忘れ、責任の所在を‘’神‘’へと押し付けた人間に対する、宣戦布告である」
彼女は立ち上がって指を鳴らすと、人間の信奉する女神像が木端微塵に砕け散った。
「ゆえ、人間に一切の救済を放棄する。非力な人間達よ、もはや天に祈る言葉はない! 錯綜する宿命に……、永遠を愛せ」
そう言った瞬間ーー彼女の背から一対の翼が現れた。そして銀色に輝くそれを滞空する粉塵を払うように振るう。すると、先程まで光を反射して瞬いていた塵が、ステンドグラスとその反対にある扉から抜け出していった。
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