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「ん?」
「正当防衛のこと?」私が訊く。
「そう。実は私も、その可能性はあると考えてはいたのよ。単純に、彼女が大坪さんを刺し殺しただけと捉えていては説明のしにくいことがあるから」
「どういうことだい」
「まず動機──というよりは、ふたりの位置関係というべきでしょうか。
連城刑事はそもそも、どうして多岐川亜美を重要な容疑者と位置づけていたのですか」
「ふたりはもともと非常に仲のいい同僚だったらしい。それが一年ほど前から急に険悪な──というか、職場ではあまり話さない、そっけない感じになったというんだ。
大坪静香が多岐川亜美に現金を渡しているところを見たことがある、という証言もあって、それでね」
エントランスまで戻ってくると連城刑事は「ちょっと待ってて」と言って、いったん別の通路に消えた。
会社側にきちんと挨拶をしておくのだろう。いくら警察とは言え、黙って入って、社員を連行し、そのまま黙って帰るというわけにはいかない。
デスクエリアではまだ、残業の音がいくらかしている。
待っている間、穂泉さんはそのエリアの方をじっと眺めていた。
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