転機

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「うむ、現時点では文句がないな。コントロール、変化球、球速どれをとっても申し分ない。軟式出身とは思えないよ」  監督は成瀬のボールをべた褒めだった。 それもそうだろう。 うちのチームは四番ピッチャー成瀬のワンマンチームで総合力は圧倒的に弱かったがそれを県大会ベスト四まで押し上げたほどの実力を持っている。 俺達が足を引っ張らなければ全国大会も夢ではなかった。 「君もピッチャーかい?さっきの遠投では結構飛ばしていたけど」  監督が俺に向かってそう言ってきた。 俺はあわてて違います違います、と二度続けてしまった。 俺なんかがマウンドに立ってしまったら申し訳ない。 「ふむ、先ほどのキャッチボールを見る限りだと悪くないと思うのだがな。一度投げてみなよ」  こうして変な流れでマウンドに立ってしまった。 マウンドに立ってしまうと意外にキャッチャーとの距離が短く感じる。 足場のならし方など知らない俺は適当に土を蹴ったあとプレートの横のくぼみに足を入れる。 どうにも俺の足のサイズがでかいのかしっくりこない。 セットポジションで構えると監督も同じくミットをど真ん中に構える。 足を軽く上げそこそこに踏み出し一番コントロールしやすいボールでミットめがけて投げた。 態勢がやや右にそれながら投げられたボールは同じく右方向にややそれて監督のミットに収まった。 「115キロ」  阿部さんが一言そう言うと俺はいたたまれない気持ちになった。 先ほど成瀬がマックス134キロをたたき出したのに体格のいい俺がこの数字と考えるとどうしても恥ずかしくなってしまう。 監督は首をかしげながら俺にボールを返すと口を開いた。 「お前全力で投げてないだろ。一度暴投になってもいいから足を踏み込んで思いっきり腕を振りぬいてみろ」  俺はまだ続けるのか、という思いでいっぱいだったが最後にいい思い出になると思いもう一度セットポジションに入る。 先ほどとは違い足を大きく上げその分足を遠くに伸ばした。 そこから胸を張り腕を振りぬいた。 投げたボールは監督の頭上を越えネットに直撃する。 俺が帽子を脱いで謝ろうとすると阿部さんがとんでもないことを口にした。
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