転機

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 いつも通りの練習が淡々と進んでいく。 本来の中学三年生なら受験モードに入ってせっせと勉強をしなければならないのだがあいにく俺は頭は悪いほうではないので運動がてら野球部に参加させてもらってる。 成瀬はいわゆる特待というやつを何校からももらっているので勉強はほどほどにやるだけで入れる、というわけだ。 「軟式でやっててもいいけどやっぱり硬式でノックとか打撃とかやりたいよな」  成瀬がポツリとそんな言葉を言いながらブルペンに走って行った。 確かに成瀬は高校に入ったら間違いなく硬式球を使うだろう。 軟式とは打ち方も投げ方も変わる。 だがあいにく俺は野球を中学野球で終わりと考えているため成瀬に同意することはできなかった。 そんな時だった。 「今度の日曜日うちに来てみるか?」  ファールグラウンドのネットの外からそんな声が聞こえた。 見てみると30代前半であろう男がいた。 スーツのズボンにYシャツ、カバンを持った数名いるスカウトの一人だった。 他の数名のスカウトは成瀬と一緒にブルペンに向かっていた為俺だけにしか聞こえていないようだ。 その男は俺に手招きして小さな紙を渡した。 その紙には栄美高校スカウト、と文字が書かれていた。 「あの成瀬君と一緒に君も来ていいからさ。もしよかったら来なよ」  それだけ言ってその男もブルペンまで行ってしまった。 名刺をもう一度見るとやはり栄美の文字が書かれていた。 栄美は完全寮制だったはずだ。 成瀬はそういう縛られた環境でやるタイプではないので入学はしないだろうが硬式球を使った練習をすることができると言えば来るだろう。 ただ問題は俺。 高校で野球をやるつもりがない人間が果たして名門校の敷居を簡単にまたいでしまってもいいのだろうか。 だが名門高校の練習を見て参加したいのも事実。 俺は野球にまだ未練があるのか。  俺は数日考えた結果成瀬にこの旨を伝え、栄美高校の練習に参加することを決意した。
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