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男は逃げていた。鬱蒼とした森の中、ボロボロになった衣服や身体など無視して、ただ一心不乱に前を目指して足を動かしていた。途中で転びそうになっても無理矢理体勢を整え、まるで足だけが別の生き物であるかのように、ただ走っていた。
息も荒く、水を浴びたように見えるほど汗をかいている。ろくに息が出来ておらず、汗で視界は滲んでいた。しかし時々後ろを気にしながら進んでおり、視界がぼやけていることに気付いていないようだった。
次第に木々が少なくなり、森の終わりが近付いてくる。障害物が無くなっていく感覚に男は口角を上げ、無意識のうちに身体の力が抜ける。もう少しで森の出口だと希望を抱きながら、無事に帰った後の幸せを思い描く。
「!?」
しかし突如前方の草むらがガサリと揺れて、何かが現れる前兆を示す。
その物音に男は身体全体を痙攣したときのように反応させ、動きを止める。勢いがあったので反動で後ろに転んでしまうが、打った尻の痛みなど感じていない様子で、ただ恐怖に染まった顔を草むらに向ける。先程までの明るい表情から一転、逃げていたとき以上に恐怖に歪んでいた。
ガサリガサリと、まるで男を追い詰めているかのように草むらの揺らめきは彼に近付く。
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