彼女はサクラの香り

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そんなときだった 階段の方に動きかけていた足が、その瞬間止まった それは、たった今俺を追い抜いて、同じ方向に歩いて行った人物によるもので そして、自分の意識しないうちに、俺はその背中を見つめていた 一瞬だった 彼女のその横顔を見たのは一瞬だった。だというのに、自分でも不思議なくらい、彼女の特徴が頭の中に情報として流れ込んでくるのを感じた 黒くて長い髪、それは両側にある赤いゴムで縛られていて肩にたれさがっている 背丈は女にしては高い方かもしれない。だけど白くて、細い体。少しふれたくらいで、壊れてしまいそうな弱弱しさを感じる 顔には、赤いフレームで縁取られたメガネがかけられていた。それは知的なイメージを増長させるものだった かすかに、たった今外で咲き誇っているサクラの香りがした 時間にすると、2秒くらいのことだったと思う。彼女の顔を見ることができたのは だけど、それでも、これだけの情報が頭の中に流れ込んできたのだ いや、もう言ってしまおう それは一目惚れだった 彼女のいったいどこに惹かれたのか、いったい何が魅力的だったのか、それを言葉にしてうまく表現することは、どうやらできないようだった しかし、誰が何と言おうと 湯川量(ゆかわはかる) これは人生初の、一目惚れだった それは、この世に生れ落ちて15年目の春にして初めて感じた 静かで、だけども 俺にとっては衝撃的な出会いだった
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