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しばらく、何も言わず彼女の作業を見つめていると、どうやら準備が整ったらしい、彼女は1冊の参考書を開くと、薬品の入っている容器に駒込ピペットを入れて、試験管に移した
少しだけ、身を乗り出してみる
試験管を、目の前まで持ってきて、軽く左右に振る動作。いかにも科学者らしい
いったい、どんな実験をしているのか、俺にはまったくわからないが、その様子は俺にとって一見に値するものだったと言える
俺は、いつの間にか、その様子に見入っていた
試験管の中の溶液の色が変わる
少しだけ、煙が上がる。ガスバーナーに火がつけられる
だけど、俺の目には色が変わった溶液も、煙もガスバーナーの火も入ってはこなかった
ただただ
実験をする「彼女」を見つめていたのだった
「………」
俺は、彼女のことを綺麗だと思うのか
それとも、人間としての中身に惹かれているのか、それはよくわからない
だけど、彼女から目が離れない。こんな体験は、言うまでもなく初めてだった
どうして、こんなに彼女に目を奪われているのか、自分でもよくわからなかった
いや、わからないという言葉では語弊があるかもしれない
今、自分の気持ちを表そうとするときに、それを表現できる語彙力が、単に俺にはなかっただけなのも知れない
そして、実験が開始されて30分くらいが立っただろうか
その間も、俺は本当に馬鹿みたいに、彼女のことを見つめていた
それだけに、その些細な変化に、俺は気づいてしまったのかもしれない
「……?」
それまで、順調に手を進めていた彼女の手が止まった
そして、表情が、それまでの無表情から、ほんの少しだけ崩れた
たぶん、少しだけしかその様子を見ていなかったのでは、気づかなかっただろうその変化に、俺は声をかけるかどうか、少し悩んでから
「…どうかしましたか?」
せめて、驚かせないようにと、静かに後ろから声をかけた
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