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「美月ちゃん、おうちに連絡しなくていいの?」
朔也と一緒に後部座席に腰かける私に、朔也のお母さんが声を掛ける。
「あっ…はい…
ウチの母は看護師なので…
今日は夜勤で家に帰らないんです…」
そう答えた私に、朔也のお父さんが聞いて来た。
「お父さんは?」
その言葉が、私の胸にズキンと突き刺さる。
「父は…亡くなりました」
精一杯の嘘をついた。
ここで父親の顔すら知らないなんて言えっこない。
「そう…失礼な事を聞いてゴメンね」
バックミラーに映る、朔也のお父さんの瞳は優しく私を見つめている。
「いえ…」
車内に微妙な空気が流れたのを感じた朔也が笑いながら言い出した。
「いやーしかし悔しかったなー…
あっちのチームのディフェンダーのヤツ、まるで鬼瓦権蔵みたいな顔しててさぁー
俺が切り込んで行くと、仁王立ちして睨んでるんだもん…
あり得ねーよな…」
「朔也、鬼瓦権蔵ってなあに?」
「はっ?!母さん鬼瓦権蔵知らねーの?」
「たけしが口の回りに黒ひげ描いてドカジャン着てるキャラだよな」
お父さんが笑いながら答えて、それを聞いたお母さんが
「あー!あれが鬼瓦権蔵って言うの?」
と手を叩きながら笑ってる。
…朔也の家庭は…
いつでも笑いが溢れてて、本当に絵に描いたような幸せな家庭なんだなと感じる。
お父さんとお母さんの愛情に包まれて大切に育てられた朔也。
優しくて温かくて大きくて…
何よりも私を大切にしてくれる。
向井くんのお母さんと朔也のお父さんの事は引っかかるけど…
優しく微笑むお父さんを見てると、決して悪い人じゃないと感じた。
向井くんが壊したくないと願う気持ちが解る気がするな…。
そう思いながら私は隣の朔也を見つめて微笑んだ。
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