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私は向井くんの瞳をじっと見つめたまま言葉を繋いだ。
「…私には…
そんな向井くんの悲しい現実を一緒に受け止めてあげる事は出来ないけど…
向井くんが、朔也を本当に大切に思ってくれてるのは痛いくらい解る。
だから…
私は絶対にこの事は誰にも言わない。
さっきの事も見なかった事にする」
切ないくらいゆらゆらと揺れる瞳で私をじっと見つめる向井くんにそっと伝えた。
「だけど…
どんな人であっても、父親は一人しかいないんだよ…。
朔也のお父さんかもしれないけど…
あの人…
すごく悲しそうな目で向井くんを見てた…」
「…………」
「いつか…
ちゃんと解り合えるといいね」
じっと私を見つめた向井くんの鋭かった瞳からポロポロと溢れ出した涙はとても綺麗だった。
光の粒がポタポタと私の目の前で落ちて行く。
「ふはっ…藍田さん…
俺を泣かすなんて…
そんな女…初めてだよ…」
溢れる涙をそのままに私を見つめる向井くんに、ポケットからハンカチを出してそっと拭ってあげた。
「私も…父親いないから…
ウチのママもシングルマザーなんだ…
私はパパの顔すら知らない…
だけど…
向井くんの苦しみに比べたら私なんて全然アマちゃんだなって思った」
拭っても拭っても溢れ出す向井くんの涙を何度もハンカチで拭きながら私は続けた。
「朔也を…守ってくれてありがとう」
ニコっと微笑んだ私を見つめてた向井くんが、フッと笑ってハンカチを持つ私の手を掴んだ。
壁につかれていた向井くんの手が、もう片方の私の手に触れて指を絡ませて行く。
「藍田さん…俺は…
…君の事を一生忘れない…
朔也も君も…
俺が一生守って行くから…」
ゆっくりと近づいて来た向井くんの瞳が、あまりに深くて…
私は抵抗する事も出来ないままその唇を受け止めた。
このキスが…
いったいどんな意味を持っているのかなんて解らない。
だけど…
これは私と向井くんの契約のキスなのかもしれないと感じた…。
決して誰にも言ってはいけない…
…悲しすぎる秘密の契約…。
そのキスは…
とても苦くて…
私の瞳からも自然と涙が溢れ出していた…。
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