愛しさと悲しみと

9/13
前へ
/38ページ
次へ
『美月、もう後半始まるよ!』 向井くんと陸上競技場から戻って行く途中、美紀から電話が入る。 「うん、トイレが混んでて… すぐ戻るから」 後ろめたい思いを抱えながらそれだけ言って電話を切った私を見つめて向井くんが言った。 「心配しないで…。 美紀ちゃんの事もちゃんと真剣に考えてるし、俺は大丈夫。 今までだってずっとこうやって生きて来たんだし。 だから君は… 今まで通り朔也を大切にして」 「…うん…」 サッカー場の入口で無言のまま向井くんと立ち止まる。 向井くんは左に、私は右に… 色々な意味で、ここが私と向井くんの別れ道のような気がした。 「じゃあ…藍田さん…行って…」 ポツリと言った向井くんの瞳がゆらゆらと揺れる。 「うん…じゃあ…」 背中を向けて歩き出した私をじっと見つめる向井くんの視線を感じながら私は階段を登り始める。 もしかしたら… 今、ここで振り返ったら… ずれた歯車は元通りになるのかもしれない… だけど、振り返る勇気なんて私にはない。 複雑に渦巻く思いを振り切るように私は走り出して階段を一気に駆け上がった。 何事もなかったかのように美紀の隣の席に腰かける。 「遅かったね。どこのトイレまで行って来たの?」 不思議そうに尋ねる美紀に、私は苦笑いした。 と同時に決勝戦後半開始のホイッスルが鳴り響く。 …朔也… 頑張って… そして…早く私の全てを朔也で埋め尽くして…。 もう二度と心が揺れなくなるように…。 そう心で呟きながら、手を組んで私は祈った…。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

722人が本棚に入れています
本棚に追加