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馴染みのない名前を聞いたかのように瞳を細めると、流れた横髪を耳に掛けて晴菜は振り返った。そして自分と貴美の二人きりだった筈の教室に、もう一人生徒がいた事実と、中学から一緒だった筈のその少年の苗字が袴田だったことに気づき、ふと吹き出しそうになる。
「なんだ、たかみんが『袴田君』なんて呼ぶから、誰のことかと思ったらカーキじゃん」
「『カーキ』?」
「うん、中学の時からのあだ名。『袴田孝秋(はかまだたかあき)』って、苗字も名前も言いにくくて、みんな『カーキ』って呼んでたの。『たかあき』の短縮な訳。
ほら、絵具でさ、カーキ色ってあるじゃん?それ習ってから、みんなで呼んでたの。カーキって。
つい今まで苗字忘れてた。ごめん、カーキ。あははっ」
全く悪びれず笑う晴菜に、何故か貴美がため息をつく。その様子に諦め顔で首を振り、微かに笑うと孝秋は一歩二人に近寄った。思わず晴菜の椅子が後ずさる。気を取り直した貴美が頬杖ついてニヤニヤし始めるが、晴菜は気づかない。自分より背の低い筈の孝秋を椅子から見上げると、反射的に晴菜は孝秋を睨みつけてしまった。
……な、何よ、ちびのくせに……
そう言い返したい筈の気持ちは閉じ込められて口をつぐませてしまう。何故か息が弾み、自分でもわかるくらい、制服の胸が大きく縦に揺れてしまった。
その目の前に、細長い包みが差し出される。
「な、何よカーキ、これ?」
「傘」
「はぁ?」
つい先刻まで目をキラキラさせて二人を眺めていた貴美は漫画のずっこけ場面のように頭を抱えて突っ伏している。
微かに小声で『ばか』と呟いているが、当事者二人に届くわけもない。
「何それ、訳わかんない。何でこんなピーカンのお天道さまの下で雨傘持って帰るわけ?このあたしが?何のギャグ?それとも嫌がらせ?どーせ彼氏はちっこ可愛い新入生と一緒に帰って、大切な彼女の筈のあたしは置き去りよ。そんなにバカにしたい訳?そりゃあたしも昔はみんなと一緒にあんたをからかってふざけて遊んだわよ。でもコレって酷くない?」
聞き手まで息つく暇を許さない機関銃トーク。
逆鱗に触れると言うのはこういう事なのだと認識した貴美は頭が上げられない。
双方の事情を知ってしまった自分の立場が恨めしい。
ここまで責められれば、大抵の男子は凹む。いじめられっ子だったなら尚更だ。
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