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寒空の下に吹き抜ける風が、沈黙する2人の間を通り過ぎていく
一方は顔を背けたまま、もう一方は俯き、目を伏せ、言の葉を考える
お互いに顔も名前も素性も知らぬ者同士なのだ
気まずい、居心地の悪い空間が広がっていく
「…あ、あの!」
その沈黙を破ったのは、少年の方だった
「……何ですかぁ…?」
返事をしないのも悪いと思い、彼女は僅かな不満を含めて視線を戻した
「僕は……俺は、佐山恭弥!この隣町に住んでる中学の3年生だ!」
「えっ…? あ、あの……」
予想にもしなかった言動に、少女は面食らってしまった
一つだけ分かった事、それは彼が自分より学年が一つ上だという事
「この時期…俺は、そこまで勉強ができるわけじゃないから、相当参っててさ……少しでも気を紛らわそうとして、ここに来たんだ…」
恐らく、進学の事なのだろう
確かに彼女の行く学校でも3年生は慌ただしい
しかし、彼はどうしてそのような話を自分にするのか、それだけが解せなかった
「君は…どうしてここに?」
優しい口調で彼は問い掛ける
だが、彼女は口を噤んだままだ
ふわりと月明かりに照らされた彼の顔は、優しく、それでいて泣きそうな笑顔だった
「じゃあ…名前、名前だけでも教えてくれないかな? 偶然だったとしても、ここでの出会いを覚えていたいからさ…」
「並木…セイラ」
聞こえるか聞こえないか、それくらい小さな声で呟くように発した言葉
それでも、彼には届いたようだ
「並木…セイラ、ちゃん…か。なんだか綺麗な名前だね」
「…っ!」
綺麗な名前…そう言ってもらえた事に対して、体の奥の方から何かが込み上げてくる
今まで、誰も理解してくれなかったこの名前を…綺麗だと、褒めてくれた事が…
両親の付けてくれたこの名前を、両親に会いに来たこの場所で、認めて貰えた事がなによりも嬉しかった
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