ひねくれ姫と仲良くなりたい俺

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 桜が散り青々とした葉が目立つようになってきてそろそろ衣替えが始まる季節。二年三組の生徒達は既に打ち解け始め、仲の良いグループが出来上がっている。しかし、俺、皆塚笑にグループなど関係ない。俺は教室に着くと室内に響き渡るくらいの大声で「おはよー!!」と挨拶をした。クラスメイト達は笑顔を浮かべてほとんどの人が返してくれた。  俺は昔から明るく楽観的な性格で人見知りをしないのでどんな人ともすぐに打ち解ける事が出来る。よく「笑の空気の読めない性格が羨ましい」と褒められたりする。…うん?褒められているよな、これ。    俺の席は教卓が真正面の一番後ろだ。視力は良いので黒板の小さな文字もばっちり見える。その左の左隣に、ひねくれ姫の席がある。  ひねくれ姫、本名日暮美姫。一番隅っこの席にいて、いつも本を読んでいる。誰かと一緒にいた姿を見た事がない。黒髪を背中まで伸ばしており、いつも仏頂面だが綺麗な顔立ちをしていると思う。最初はその容姿に惹かれて声を掛ける男もいたが、彼女の冷徹な反応に恐れをなし、次第にそんな人もいなくなった。…ちなみに俺も話しかけに行った事があるけれど、同じように冷たい対応をされた。俺は下心無しで話しかけたからな!  そんな事もあって、気軽に話しかけに行けない俺。ひねくれ姫を笑わせようと決心したが、一体どう行動を起こしていいか分からない。とりあえず、協力者が必要だ。  ひねくれ姫を笑わせるべく、まず俺は親友の如月 誠(きさらぎ まこと)に相談する事にした。如月とは高校一年からの仲だが、無二の親友と言っても良い間柄だ。縁なしの眼鏡をかけていて、一見真面目そうに見えるが髪は茶髪だ。本人曰く、地毛らしい。日暮ほどではないがあまり笑わず、俺と一緒にいるとよく「何でこの二人が仲が良いか分からない」と言われたりする。  如月は俺の前の席だ。既に登校してきていて、日暮のように難しそうな本を読んでいる後ろ姿がある。俺はわざわざ如月の前に回り込んで声を掛けた。 「…というわけで、俺はひねくれ姫を笑わせたいんだけど」 「…あのさ、経緯を教えてくれるかな。突然そんな事を言われても…どんな言葉をかければいいか分からない」  突然話し掛けられても驚かず、呆れた表情で俺を見上げる如月。親友とは完全に意思疎通が出来ていると思い込んでいた俺は大袈裟に驚いた。 「えええ?俺の親友なんだから、説明しなくても分かるだろ?」 「親友という理由で意志疎通ができたらどんなに素晴らしい世界になるんだろうね」  如月は俺と違って冷めた性格だ。それなのに、何故か女子に人気がある。確かに目鼻立ちは整っていると思うが、愛想の無いこの男が何故人気なんだ…!と俺は未だに疑問を持っている。話せばいい奴だけど、多分女子は見た目でしか判断していない気がする。そんなモテ男如月誠の両肩を持ち、俺は顔を近付けた。 「如月!とりあえず教えてくれよ!どうすればひねくれ姫を笑わせられるんだ?」 「…俺に聞かれても困るけど、とりあえず最初は仲良くなればいいんじゃないのか?」  俺の顔を手で押し戻しながら、如月は冷静にそう言う。  そうか!笑わせるにはまず関係を築かなくてはいけない。よし、そうと決まれば… 「じゃあ早速仲良くなってくる!」  俺は隅っこにいるひねくれ姫…日暮の所へ向かった。ひねくれ姫は今日も窓際で本を読んでいた。少し開いた窓から心地よい風が通り抜け、日暮の髪を撫でる。その姿は何とも絵になる。男が話しかけにいくのも分かる。  それにしても。俺は日暮の読む本に目を向ける。随分分厚い…一体何を呼んでいるんだ?タイトルが気になって、周りをうろうろする。  もし俺の知っている本なら話題になると思うんだよな。通り過ぎるフリをして本をちら見するが、タイトルが見えない。  日暮、もうちょっと手を下にズラして!あ、でも少し屈めば見えるかも― 「…何」  俺が屈んで本の側面を見ようとした時、低くて不機嫌な声が聞こえた。もちろん、声の主はひねくれ姫。日暮は眉間に皺を寄せていかにも「迷惑です」と言いたげな顔で俺を見つめて……いや、睨んでいた。 「え、や、何読んでいるのかなーって思ってさ!それ、随分分厚いよなー!もしかして、辞書?」  体勢を戻してあははと愛想笑いをするが、日暮はピクリとも笑わない。 「……辞書なわけないじゃない」 「そ、そうッスよねー!すみませんッス!」 「…………」  いきなりスベってしまった。既にめげそう。でも負けるな俺!俺は自分で自分を奮い立たせた。そうでもしないと俺のガラスのハートは一瞬で崩れ去りそうだったから。 「俺もさ、本とかよく読むんだよ。何読んでるの?」 「…ただの本」 「へー!ただの本か!………」 「………」  つ、続かない…!ただの本って何だよ…!タイトルとか本の内容とかあるよね!?それで話題を広げられるわけないじゃないか!!  俺は必死に話題を考えるが、日暮の事を全く知らないので共通の話も浮かばない。  如月…俺はどうすればいいんだ…!救いを求めて如月に目を向ける。  如月は―机に突っ伏して寝ていた。それは気持ちよさそうにスヤスヤと。  き、如月ぃぃぃいぃっ!!親友を見捨てるのかぁぁぁーっ!!!  俺の心の叫びは如月には届かず、ぐっすりと眠っている如月。さっきまで本読んでいたじゃん!!何これ嫌がらせ!?畜生…今度如月が救いを求めても絶対手を差し伸べてやんないからな!こうなったら自力で頑張るしか…… 「………ねぇ」 「ふぇっ!?」  日暮の方から話し掛けられるなんて思わなかった俺は変な声を上げてしまった。  ぐはっ恥ずかしい…でも、それ以上に。日暮をチラリと見る。日暮はクスリとも笑っていなかった。笑ってもらえないのがめちゃくちゃ恥ずかしい…!こういう時は、愛想笑いでもいいから笑って欲しい。  熱が集中した顔を冷やそうと手で扇いでいると、絶対零度の視線が俺に降り注ぐ。あ、そういえば話し掛けられたんだった。 「ごめん、何?」 「………あなた、私に何の用?」  え?何の用って……俺は悩んだ。素直に仲良くなりたいですって言っちゃっていいのか?でも、いきなり変だよな。笑顔を見たいですって言うと余計変だし……うーむ…… 「……用が無いなら、早くどこかに行って」  答えない俺に苛立ちを感じたようで、日暮は眉間に皺を刻んで冷たく突き放した。 「え、でも、その…」 「……用、あるの?」 「あるといったらあるし、ないといったら……」 「ないのね?」 「………」  何も言えなくなって、俺は口ごもる。図星の何者でもない。黙っていたのを肯定と取ったようで、日暮はふぅ…と呆れたように溜め息を吐いた。 「……読書の、邪魔しないでくれる?」 「……ハイ、スミマセン」  完敗だ……俺はボロボロになった心を引きずりながら、ノロノロと自分の席に向かった。 倒れ込むように自分の席に着くと、その音で起きた如月が眠たげに目を擦ってこちらを振り返る。その目に映ったのは、真っ白に燃え尽きた俺の姿だった。 「あれ、笑……どうしたの。何でそんなに悲しい瞳で虚空を見つめているの?」 「ふっ、ふふ……如月……俺はチキンで醜い馬鹿野郎なのさ……」 「…その様子だとこっぴどくやられたみたいだね。まぁ予想していたけど」 「なぁ如月っ!俺何が悪かったんだよ!俺はただひねくれ姫と仲良くなりたかっただけなのに!」  生気を取り戻した俺は力任せに如月を揺さぶる。如月は嫌な顔もせずされるがままに首をガクガクと揺らせた。 「…そんないきなり仲良くなれるわけないだろ。こういうのは時間を掛けてゆっくりやるもんだ」 「ゆっくり!?無理だ!何故なら俺はせっかちだからだ!」 「……じゃあぐいぐい行ってさっさと仲良くなってくればいいじゃん」 「無理だ!あんなにズタボロにされて平気な顔で話し掛けられる訳がない!」 「………じゃあ仲良くならなければいいよ」 「それが一番無理だぁぁぁぁ!俺はどうすればいいんだぁぁぁ!」  俺は叫びながら頭を抱えた。決心したこの目標のゴールは思った以上に険しく長い道のりのようだ。
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