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「ぐへぇ……やっと終わった……」
荒石の説教が終わって、俺はヘトヘトになりながら教室へと戻ってきた。もう休み時間ギリギリまで怒られていたので俺の自由時間はこれにて終わりだ。あと数分したら授業と言う束縛の鎖が俺を縛り付けるんだ…!あああ、きつい!俺のくつろぎタイムがほとんど無いまま授業を迎えるのは辛い!
「お帰り、笑。その様子だとこっぴどくやられたみたいだね」
席に着くと如月が無表情で出迎えてくれた。俺は机に突っ伏すと、ぷるぷると小型犬のように震えながら如月を見上げた。
「如月……何でだよ…日暮には冷たい目で見られて、荒石には怒られて……俺、損しかしていないじゃないか……」
「考えれば分かるじゃないか。隣ならまだしも、わざわざ遠い席から落とし物を拾うなんて……感謝どころかむしろドン引きされるね」
「ええええ!?何でそういう事早く教えてくれないんだよー!?」
驚きのあまり目をひん剥きながらそう聞くと、如月は一瞬俺を見てから薄く笑った。
「……黙っていた方が楽しくなるかなと思って」
こ…このドSめ……!!
如月は俺で遊ぶ事を趣味とするドS眼鏡だ。女子には人気があるみたいだが、本性を知ったらみんな逃げていくだろう。
「…よし、じゃあ隣になればいいんだな!……山田!」
「え…?」
俺の隣に座っていた山田が困惑した表情で俺を見た。山田は今回初めて同じクラスになった男だ。目が丸く童顔で眉上まで切った前髪が余計に幼く見えさせる。隣の席もあって、山田とはちょくちょく話をしたりしていた。
「お前俺と席代われ!」
「はぇ?」
意味が分からない、と山田は首を傾げた。
我ながらナイスアイデア。山田と代われば日暮とは隣同士になるわけだし、落ちた消しゴムを拾っても不自然の「ふ」の字もない。
「ちょっ…それは無理だろ…!」
「大丈夫!俺と山田の席を変えたって誰も気にしないって!」
おろおろする山田の肩を叩いて、グッと親指を立てた。こんな後ろの目立たない席だしむしろ誰も気付かないんじゃないか?……多分。
「いや、荒石が徹底的にマークしている笑を気にしないわけがないだろ」
「うぐっ…」
如月の鋭い指摘に、俺は何も言えなくなった。
「やっぱりこの案は無理かぁ…」
俺は再度机に突っ伏した。席も話せる程の距離じゃないし、共通の話題も分からない。俺は誰とでも仲良くなれると自負していたのに、女の子一人でこんなにも苦労するなんて…
いや、クヨクヨしても仕方ない!作戦第二だ!!俺はめげずに机から起きあがった。
「……というわけで!作戦第二というわけですが」
「そうですか、頑張ってください」
「っておい!如月!もう少し興味を持ってくれよ!」
「……興味を持て?全くそう思えないと感じたらどうすればいい?」
くっ、相変わらずクールな奴だよ全く!でも俺は負けない!
「とりあえず聞け!俺の第二の作戦!」
「はいはい」
全く乗り気でない如月に、俺は勿体ぶってから作戦を伝える。
第二の作戦…それは…
『本を貸されて仲良くなりましょう作戦』!!
日暮から本を借りて、その感想を言う!そして意気投合して仲良くなって笑顔も見せてくれる……はず!
「無理だね」
「即答!?」
即否定されて俺は驚愕した。何で!?明らかに良い作戦だろ!その意味を込めて視線を送ると、如月は面倒くさそうに頬杖をついた。
「日暮が本を素直に貸すわけがないだろう。…ましてや笑なんかに」
「なんかって何だよ!なんかって!」
こいつの発言はじわじわと俺のハートをえぐる。畜生……今に見ていろよ……絶対この作戦で日暮と仲良くなって如月にぎゃふんと言わせてやるっ!
如月へぎゃふんと言わせる為に奮起した俺は、先程冷たくあしらわれたのも忘れて日暮の席へ向かった。日暮は相変わらず本を読んでいる。先程と呼んでいる本が違っている。一体日暮は何冊本を持ってきているのだろうか。…こんなにあるという事は俺に貸す本もあるはず!
「日暮!」
自分に勢いをつける為、俺は日暮の机を両手でバンっと叩いた。
「……」
日暮は一瞬だけ俺を見た後、何事もなかったように読書に戻った。
くぅ、手強い……!これだけの動作でこうも心を折られかけるとは!だが、今回は負けない!俺は意を決して、日暮の本を指差しながら言った。
「お前の読んでいるその本、俺に貸してくれ!!」
「……」
痛いほどの視線。それは日暮からではなく、他のクラスメイト全員から注がれた。
やべ、ちょっと声大きかったかな。俺はごまかすように後頭部を掻くと、適当に笑っておいた。日暮に話しかける人なんてほとんどいない。そんな日暮に騒がしい俺が話しかけているのだから、周りから見たら異様な光景なのだろう。
その視線の中心にいる人物……日暮美姫は、戸惑う事もなく無表情で本をパタンと閉じた。そして、一言。
「…無理」
「うええぇっ!!?」
無意識に叫んでしまうくらい驚いた。まさか即拒否されると思わなかったぜ…!そんな俺の叫びを華麗にスルーして日暮は目線を下にして読書に戻った。
『話しかけないでください』オーラがばしばし伝わってくる。が、俺はここで退くわけにはいかない!俺は屈んで日暮と目線を同じにした。
「なんで貸してくれないんだよー?」
スルーされるかも、と内心思っていたが、少し間を開けて日暮がぼそりと呟く。
「……まだ途中だから。読みかけの本を貸すわけにはいかない」
「へ……?」
日暮の言葉を理解するのに大分かかってしまった。まだ、読みかけ?
「…ああ!まだ読みかけだから貸せないって事か!」
なるほどなるほど、とやっと理解してポンと手を叩く。そうだよな、いくら何でも読んでいない本を貸すわけがないな。
「…さっき言った」
日暮は面倒くさそうに顔をしかめてぼそりと呟いた。
ごめん、と謝った瞬間、俺はある事に気が付いた。俺、今結構日暮と話してない?こんなに話した所見るのも初めてだし……
俺は思った。これはいける、と。よし、この勢いのままいってやる!
「じゃあさ、もう読んじゃったやつ貸してくれよ!それならいいだろ?」
「……」
日暮は少し黙ってから本をパタンと閉じた。そして一言。
「………やだ」
「何で!?」
今までの勢いが全て去っていった。今のって普通貸すような雰囲気だろ!?そこは「いいよ」って言って貸す所だろ!? 空気の読めない女……ひねくれ姫は冷ややかな瞳で俺を見つめていた。
こいつは何でここまで俺を……いや、人との交流を避けるんだ?それには、何か理由があるのか?そんな中、日暮は形の整った唇をゆっくりと開いた。
「……あなた、今日やけに私の所に来るけど……何なの?からかいに来ているの?」
「え…?」
一瞬日暮の言っている意味が分からなかった。からかいに来ている…?俺が、日暮を?
「違う違う!」
俺は首を思い切り振った。そんな気持ちは全然無い。ただ、日暮の笑顔が見たい一心での事だった。それでも疑心暗鬼な日暮は眉に皺を寄せて俺を見上げるだけ。
俺は何度も首を振る。違う、俺は。
俺は………!
「俺は、お前と仲良くなりたいだけだ!」
気付いたら思いは言葉になって出ていた。鼓膜が痛くなるほどの沈黙。気付けばクラスメイト全員が好奇の視線を送っていて、俺達を見守っていた。
やばい。少し目立ち過ぎたかもしれない。日暮はきっと注目されるのは嫌いだから、こういうのは嫌なはずだ。現に日暮は嫌悪感全開に顔をしかめている。勢いに任せて本音を出してしまったが、果たして日暮の反応はどうか…。
いや、きっと先程本を借りようとした時に言われたように「無理」とキッパリ断られるはずだ。いい成績を残していない俺が日暮に受け入れられる事なんて絶対ない。
「…いいけど」
ああ…やっぱり断られ………?
「ん?」
はて、と首を傾げる。今、とても都合の良い空耳が聞こえてしまったような……ああ、俺ってばどれだけポジティブシンキングなのだろうか。このポジティブを如月に分けてあげたい…
「……聞いている?」
日暮は長い髪を耳に掛けながら不機嫌な表情で聞いてきた。
「え、待て…今何か言ったのか?」
俺にはポジティブな空耳しか聞こえなかったのだが…どう悩んでも日暮が言ったであろう言葉を思い出す事が出来ない。
「……」
日暮は呆れ顔で溜め息を吐いた後、俺の願っていた言葉を言った。
「……いいよ。仲良くなっても」
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