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幹子はボーっとした様子で、おもむろに煙草を胸元のポケットから取り出す。
「幽谷さん、院内は禁煙ですよ」
恭介にそう指摘され、煙草を挟んでいる幹子の人差し指と中指は、行き場を無くしたかのように彼女の口元で静止した。
幽谷さん眠いんだなあ、と恭介は思った。
「最近はいかんな……。禁煙、禁煙と喫煙者の居場所が無くなって、なにやら肩身が狭い……」
幹子はそう言うと、煙草を咥えて、口元の煙草に火を付けた。
院内の天井を見上げるように顔を上に向けて、幹子は大きく紫煙を吐いた。
「…………」
「そうは思わんか、倉沢?」
「……思いません。そんなことより、春代さんは無事なんですか?」
恭介は彼女の様子を静観して、一番気になっていたことを口にする。
「死んではいない、お前が助けたんだ」
その一言を聞いて、一先ず恭介は胸を撫で下ろす。
だが、同時に幹子の含みのある言い方に眉をひそめた。
「奇跡的に一命はとりとめた。ただ、一酸化炭素を吸引し過ぎてしまったようでな。同院内の集中治療室で、今も尚、意識を失ったままだ」
「…………」
「尤も、その火中に飛び込みながら、神経に影響もなく、その程度の軽傷で済んでいる化け物染みた幸運が一人……」
幹子は心底、愉快という様子で瞳を細め、恭介を見る。
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