羅城門《転》

3/19
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ
 幹子はボーっとした様子で、おもむろに煙草を胸元のポケットから取り出す。 「幽谷さん、院内は禁煙ですよ」  恭介にそう指摘され、煙草を挟んでいる幹子の人差し指と中指は、行き場を無くしたかのように彼女の口元で静止した。  幽谷さん眠いんだなあ、と恭介は思った。 「最近はいかんな……。禁煙、禁煙と喫煙者の居場所が無くなって、なにやら肩身が狭い……」  幹子はそう言うと、煙草を咥えて、口元の煙草に火を付けた。  院内の天井を見上げるように顔を上に向けて、幹子は大きく紫煙を吐いた。 「…………」 「そうは思わんか、倉沢?」 「……思いません。そんなことより、春代さんは無事なんですか?」  恭介は彼女の様子を静観して、一番気になっていたことを口にする。 「死んではいない、お前が助けたんだ」  その一言を聞いて、一先ず恭介は胸を撫で下ろす。  だが、同時に幹子の含みのある言い方に眉をひそめた。 「奇跡的に一命はとりとめた。ただ、一酸化炭素を吸引し過ぎてしまったようでな。同院内の集中治療室で、今も尚、意識を失ったままだ」 「…………」 「尤も、その火中に飛び込みながら、神経に影響もなく、その程度の軽傷で済んでいる化け物染みた幸運が一人……」  幹子は心底、愉快という様子で瞳を細め、恭介を見る。
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!