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懐から取り出した布で腋の下を縛り、止血を図る。
いかに山賊といえど、致命傷でなければ、仲間を助けざるを得ない。
これでミシェルは、戦わずしてもう一人を戦闘不能にしたことになる。
そしてここに、ミシェルと頭立った男の一対一の状況が完成したのだ。
男達は青ざめる思いだったろう。
剣の腕はともかく、眼前の小娘がここまでしたたかだとは予想の外であったに違いないのだから。
ミシェルが二年ほど村を離れていたのは良く知られた話だが、その間何をしていたかは伝えられていない。
聖王の病の平癒を期すべく、「いやしの歌」を求めて「最も深き迷宮」に挑んだ英雄たち――いわゆる「108星」の一員であったことを知っていたなら、初めから道を譲っていたことだろう。
ミシェルは細かくステップを踏み始めた。
剣を構えた男は、しかし斬り付けるタイミングを計れずにいる。
男の斬撃を、受けるつもりはミシェルにはなかった。
すべて躱す――そのための動きだ。
まるで舞いを舞うような、不規則で変則的な運足。
“華の剣”の由来がこれだ。
ステップはそのまま、ミシェルは男との間合いを詰めた。
「こ、この!」
男が長剣を振り回す。
速いが、鋭さはない。
長剣が二度空を切った時、男は娘の姿を見失っていた。
首筋を何かが掠める感触。
男が人生で最後に感じたのがそれだった。
草むらを血の赤に染めながら男が倒れ始めた時には、ミシェルは既に血飛沫のかからない位置まで飛び退いていた。
レイピアを一振りして血を払うと、無傷の男に視線を向ける。
「あ、ああ……」
男はまるで悪鬼でも見るような怯えようだった。
胸が痛まないではなかったが、ミシェルは厳しい表情を崩さない。
この辺りには強く、冷厳な剣士がいる。
今後の為にもそれを充分に印象づけておかねばならない。
派手な倒し方をあえてしたのも、最少の犠牲で最大の効果を狙ったからだ。
「――道を開けてくださる?」
雷に打たれたように男は反応した。
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