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――夕暮れ・山へ向かう道――
「レイフォルスさま!」
ようやく追い付いた背中に、ミシェルは呼び掛けた。
アルゼスの山々を抜ける道の手前、草原が途切れて森へと繋がるあたり。
ちょうど広場のようになっているその場所で、探し求めていた男は山賊どもに囲まれていたのだった。
ミシェルが戦った男達よりもさらに屈強そうなならず者が五人。
それが、彼女の声に弾かれたかのように一斉に動いた。
まだ遠い間合いを、一気に詰めようと――
――ふと、ミシェルを違和感が襲った。
名高いレイフォルスの武器、直前までだらりと下げられたままだったはずの巨大な針が、いつの間にか地面と水平に持ち上がっていたのだ。
むしろゆったりとして見える動きで、レイフォルスはその正面の男に向かって踏み込んだ。
そして突く、というより吸い込まれるように、針の先が男の胸部、防具の金属板で補強した部分に当たり――そのまま背中まで抜けた。
「なっ!?」
あまりの出来事に、男達は――ミシェルも――凍り付いた。
厚みはないにせよ仮にも金属の板だ。
そしてその内にある人の体――脂肪、筋肉、内蔵に骨――それらがまとめて、何の抵抗もなく、熱したナイフでチーズを切るよりもやすやすと貫かれてしまったのだ。
“ピアッサー(貫くもの)”。
その異名の意味を、眼前の光景が百の言葉より雄弁に語っていた。
あの、時間の流れを歪めたかのような動きといい、まるで悪い夢でも見ているようにミシェルには感じられた。
だが、これを悪夢というのなら。
それはまだ始まったばかりだった。
ビクン!
“レイフォルスの針”に貫かれた男の体が、大きく痙攣した。
銛で突かれた魚のように。
巨大な針の、ちょうど真ん中辺りで痙攣を繰り返すうちに、その体に異変が現われた。
20代後半から30代と見える男の肌が急速に張りと血色を失い、干からびてゆく。
見る間にしぼんでゆく体。
そして、それを貫いた魔針は、鈍い銀から徐々に色を変えていった。
赤く、紅く。
血よりもなお真紅(あか)く。
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