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――宵闇・山へ向かう道――
それはほとんど無意識の動きだった。
気が付くと、ミシェルは山賊達と“ピアッサー”の間に割り込んでいた。
「お止めください!」
両手を広げて叫ぶ。
死を覚悟した長い永い一瞬――
果たして紅き魔針は止まった。
その先端とミシェルの額に、わずか間一髪置いただけの位置で。
「何? きみ」
興を削がれた風でレイフォルスが訊く。
彼の恐るべき武器がゆっくりと下がっていった。
「わたくしは――」
言いかけたところで、レイフォルスがぽん、と手を打った。
「ああ、あのシスターさんだぁ。像のところにいた。ね、そうでしょ?」
「はい」
答えながら、ミシェルは面食らっていた。
あまりに邪気のない表情と態度。
今の今まで山賊どもを一方的に――おぞましいとも言えるやり方で――屠っていた男とも思えない。
年齢も彼女より二つ三つ上――20代前半に見えるのに、話し方はまるで十も下の子供のようだ。
「わたくしは、この辺り一帯を治めます領主の娘、ミシェル・アルタベルテ・ドゥ・トゥアールと申します」
ミシェルは名乗った。
それにふさわしい状況かどうかは怪しかったが、名乗らないわけにもいかない。
「わたくしどもをお救いいただき、感謝の言葉も――」
「アルタベルテ?」
遮って、レイフォルスが訊いてきた。
「は、はい」
レイフォルスの意図ははかりかねたが、ミシェルは答えた。
「四代前の領主で、わたくしの曾祖母にあたる方からいただきました。――なんでも大層な女傑だったそうですわ」
「ふーん」
レイフォルスはミシェルを見つめた。
足の先から頭まで、忙しく視線を動かす。
やがて納得したかのように頷くと、“ピアッサーは口を開いた。
「なるほどね。で、その『アルテの曾孫』さんが、何故僕の邪魔をするのかな? ――せっかく悪い山賊さんをやっつけるところだったのに」
変わらない、明るい口調。だが温度は低かった。
極地の冬に射す陽の光のようなものだ。
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