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彼は一体なんなのだ?
眼前の、細身の青年には、罪悪感であるとか倫理観といったものがまったく欠けていた。
ばけもの――
先ほど山賊が漏らした言葉が頭をよぎる。
確かに今は犯罪者や迷宮に潜む怪物たち――悪者にしかその針を向けてはいないかも知れない。
だが、この先は?
アランをはじめとする村の皆の顔が脳裏に浮かぶ。
野放しにするには、レイフォルスは危険過ぎる存在であると、ミシェルは思い始めていた。
「惜しいですわ」
実感を込めて、ミシェルが息を吐く。
「あれだけの力と――技があれば、どれだけ他人の役に立てるか知れませんのに」
魔針がもたらす力だけではない、“ピアッサー”の強さの秘密を、“華の剣”は見抜いていた。
最初の男を葬った時の踏み込み。
地面に残った足跡の深さが、その強さと鋭さを物語っている。
そしてあの突き。
確かに、針そのものの硬さも大したものだろう。
しかし、あの貫通力は驚異的な手首の捻りなしにはありえない。
足場を強く蹴り、踏み込む。
結果生まれた力を無駄なく足元から手先まで伝え、捻りを加えて先端で爆発させる――
「突き」の基本にして究極だ。
更には、時間の感覚がずれるようなあの動き。
それは予備動作がないことから生まれるものだ。
ミシェルの場合、攻撃を読まれないために、変則的なステップとフェイント――「舞い」の中にそれを隠す。
だが、レイフォルスの場合、恐るべき膂力も手伝ってか、察知できないレベルにまで予備動作を省くことができるのだ。
究極の突きとその動き。
どちらも長い、絶え間ない修練によってしか身に着け得ないものだ。
だからこそ惜しい。
そして、その力と技が無軌道に振るわれるのであれば、見過ごすことはミシェルにはできなかった。
「ふうん」
レイフォルスの笑みが深まったようだ。
「お見通しってわけか。さすが“お転婆アルテ”の曾孫さんだ」
山賊どもはすでに逃げ散っていた。
いつの間にか陽は山々の向こうに身を隠し、満月の冴えざえとした光のみが、暗闇の幕に二人の姿を浮かびあがらせている。
「僕は山に登らなくちゃならない」
ミシェルと対照的に、“ピアッサー”の口調に気負いはまるでなかった。
世間話でもするように、言葉を継ぐ。
「きみも、僕の“糧”になるかい?」
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