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やっとの思いで敵兵たちから逃れた衣紗と侍女は、集落の一番端である外壕にたどり着く。
すぐさま巨木の陰に隠されるように設けられた小さな土橋を渡り、集落の外へと抜けた。
外は薄闇の森がしんしんと広がる山だ。
山は小高く、集落を一望できるため、王族だけが入ることを許された神聖な場所とされていた。
集落を焼く炎もこの聖域までは届くまい。
衣紗は平時であればけして足を踏み入れることのないその山の中へと、侍女の手を握りしめながら逃げ込んだ。
「山を越え、川に出れば逃げ切れます。川には小舟を用意させました。小舟で川を下れば、波里國です。きっと波里國王なら衣紗様を助けてくださいます」
波里國王は衣紗の異母兄である。
数度しか会ったことはないが、記憶の中の彼はいつも衣紗に優しく、妻にと望んでくれていた。
助けてくれるに違いない。
侍女の言葉に頷いて、衣紗は己のすぐ背後に迫り来ていた死が少しばかり遠ざかったことに喜んだ。
(助かる! 私だけは助かる! そうよ、この山を越えることさえできれば、私は。私だけは!)
枯葉が敷き詰められた獣道を、まるで薄汚れた獣のように駆け上がりながら衣紗は、ふと、生まれたばかりの異母妹のことを思い出す。
生に対する希望を見出して、自分以外の者を想う心のゆとりが生まれたのだ。
(あの子も殺されてしまったかしら)
すぐに衣紗は瞳を細め、憐れみを帯びた表情を浮かべる。
――殺されてしまったに違いない。
大きかった父王も強く逞しかった兄弟たちも殺された。
生まれて間もない妹は片手に収まるほど小さく、僅かな力でへし折れてしまいそうなくらいに柔らかく弱々しい。
自ら立つ力さえない妹が、この戦場を生き延びているはずがなかった。
(まあ、どうでもいいわ。死んでしまっていたとしても所詮よそ者が生んだ子よ)
衣紗は妹の母親の顔を思い浮かべながら鼻を軽く鳴らした。
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