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彼はゆっくりと辺りを見渡す。
すると少し向こうに大きな古い吊り橋が架かっている。
それを見た彼は、先程よりも僅かに力強い足取りで歩き始めた。
乾いた草原しか知らない彼には行ったことのない橋の向こうが何故か、とても素晴らしい場所であるかのように思えたのだ。
土や岩の感触しか知らない彼にとって、ゆらゆらと揺れる橋は恐怖そのもの。
しかし、それよりもその先に続く見知らぬ大地に心を掻き立てられた。
鮮やかな緑、太い幹、枝に実る見たこともない果実。
そこに存在する全てが彼の目には酷く甘美に映る。
そして、漸く辿り着いた橋の向こう。
新たな世界の門番のようにすぐ側にそびえる一本の巨木。
降り注ぐ日の光からぽっかりと遮られたその下で、それもまた一人静かに佇んでいた。
凛と立つ黄金の花。
小さいながらも輝かんばかりに鮮やかに咲いたその花は、唯一彼を見守る太陽のようにも見える。
彼はそんな可憐な花に引き寄せられるように、その湿った鼻を優しく寄せた。
丁度その時涼やかな一陣の風が吹き、花もまた答えるように彼にそっと口付ける。
瞬間、渇き、ひび割れた彼の心に温かな何か湧いた。
熱が、溢れる。
頬を伝う涙の理由は誰にも──彼にも、わからないのかもしれない。
ただその小さな温もりが、彼を変えた。
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