dandelion

5/6
前へ
/7ページ
次へ
谷底には煙が漂い、焦げた臭いが立ち込める。 冷たい雨が、横たわる彼を濡らした。 あの落雷からどれ程時が過ぎたのか。 小さな呻き声を漏らし、彼はその震える瞼を静かに開く。 そして、絶望した。 未だ雷鳴轟く空はあまりに遠く、狭い。 焼けた橋と共に深い谷底へと落ちた彼にはもう上がる術も、力も、は残されていなかった。 だが、そんな彼がふと己の目の前に視線を戻せば、そこにあるのはあの琥珀。 あの花のように美しい、琥珀。 無事だろうか。 目の前で起きた落雷に、怯えてはいないだろうか。 心配、していないだろうか。 胸に湧いたそんな思いが、満身創痍の彼を突き動かす。 痛みを堪え僅かに頭をもたげると彼は、吼えた。 残る力を振り絞って。 雨音に掻き消されぬように。 遥か高くで己を待つ、あの花まで聞こえるように── 止まない雨はいつまでも彼を打つ。 流れた血も、綺麗に洗い流していく。 そこに横たわるは美しい一匹のライオン。 もう彼は動かない。 ゆっくりと眼球だけを動かし、隣に転がる琥珀を眺める。 彼の目はとても優しい。 そんな琥珀色の瞳を満足げに細めると、彼は静かに眠りに落ちた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加