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谷底には煙が漂い、焦げた臭いが立ち込める。
冷たい雨が、横たわる彼を濡らした。
あの落雷からどれ程時が過ぎたのか。
小さな呻き声を漏らし、彼はその震える瞼を静かに開く。
そして、絶望した。
未だ雷鳴轟く空はあまりに遠く、狭い。
焼けた橋と共に深い谷底へと落ちた彼にはもう上がる術も、力も、は残されていなかった。
だが、そんな彼がふと己の目の前に視線を戻せば、そこにあるのはあの琥珀。
あの花のように美しい、琥珀。
無事だろうか。
目の前で起きた落雷に、怯えてはいないだろうか。
心配、していないだろうか。
胸に湧いたそんな思いが、満身創痍の彼を突き動かす。
痛みを堪え僅かに頭をもたげると彼は、吼えた。
残る力を振り絞って。
雨音に掻き消されぬように。
遥か高くで己を待つ、あの花まで聞こえるように──
止まない雨はいつまでも彼を打つ。
流れた血も、綺麗に洗い流していく。
そこに横たわるは美しい一匹のライオン。
もう彼は動かない。
ゆっくりと眼球だけを動かし、隣に転がる琥珀を眺める。
彼の目はとても優しい。
そんな琥珀色の瞳を満足げに細めると、彼は静かに眠りに落ちた。
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