拾った金

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 無職のY氏はその日も、仕事を探して職安と貸しアパートを往復していた。正直な話、この不景気の時代。簡単に新しい仕事を探せるはずもなかった。どんなに焦ったところで、仕事の数は決まっていた。決まった数に、人が集中すれば自ずと、はじき出される者はいる。Y氏は、そんな部類の人間だった。  職安に行っても仕事は見つからず、肩を落としてアパートへと引き返すY氏。彼はその帰路の途中で、大きな鞄が落ちているのを見た。安物とは思えない立派な造りをしていた、その鞄。どこかのメーカー品だろうか。だが、ブランドに疎く安物の衣類を着ているY氏には、それがどこの品なのか分からない。  しかし、そんなブランド名など、どうでも良かった。Y氏が見つけた鞄、歩道のど真ん中に堂々と落ちているというのに誰も、鞄に触れようとしなかった。まるで、そこには何もないかのように、気に止めることもなく歩いている。幻覚かと思い、目を擦るY氏であったが、それはハッキリと彼の目には映って見えた。  鞄は実際に存在し通行人は意図的に避けているとしか考えられない。これも、現代病の現れなのか。トラブルに巻き込まれるのを避けるが故に、明かに目立つような落とし物を拾うとしない。  Y氏は誰も触れようとしない鞄を前にして周囲を見渡した。そして、その鞄に手を伸ばした。もし、何らかの番組の企画だとすれば、触れた瞬間に何かが起こるはずだ。どこからともなく、危ない人がやってくるかもしれない。そこから、話が展開していくのだ。  日頃から仕事捜し以外の時間を持て余していたY氏。幻覚にしろ、ドッキリにしろ、ただの落とし物にしろ、触れることで何かしらの変化が訪れるかもしれない。これが、キッカケで何か新しいことを始められるかもしれない。  Y氏の手が鞄の持ち手に触れた。  何も起こらない。触った感触は確かにある。鞄の実在していた。だが、触れたても何か起こる気配がまるでない。Y氏の思い過ごしだったようだ。 「ふー」  Y氏は無駄に緊張したと思い苦笑いを浮かべる。少しの間でも、非日常を想像した自分にだ。そうそう、非日常など訪れるはずがない。人が避けて歩いていたのは、ただの偶然だ。もしくは、現代病の一種。
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