拾った金

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 かなり無理のある体勢だった。鞄を掴む為に、相当な前のめりになっていた。そんな状態で五十キロはある鞄を掴めば、どんな目に遭うか想像できるだろう。  重い鞄を掴んだ直後、態勢を崩したY氏は鞄に引きずられるように坂道を転がった。ただ、転がるだけなら、まだ良かった。彼は鞄を取り戻すことに必死になりすぎて、すぐ近くでマンホールの蓋を開け下水道の調査をしようとしていた水道局の職員に気付かないでいた。  異常に気付いたのは、職員の方が先だった。坂道を横転してくる青年。止めようがない。  Y氏は導かれるようにしてマンホールに落ちた。 「おい!大丈夫か!」  突然の出来事に、驚かされ呆気にとられていた職員であったが、Y氏がマンホールに落ちるなり穴に向かって叫んだ。けれど、返事が返ってくることはなかった。下水道に流れる水の音だけだ。  下水道は前日の雨で増水していた。マンホールに落ちたY氏は鞄を抱えたまま、濁流となっていた水に呑まれた。  横転することはなくなったが、今度は水に流されたY氏。彼は必死になって鞄だけは抱きかかえていた。けれど、その中身は五十キロはある札束だ。浮力などあるはずもなくY氏の身体はドンドン、沈んでいく。いい加減、鞄を手放せばいいのだが、Y氏はどうしても手放せなかった。 (この鞄・・・。この鞄の中身だけは・・・)  Y氏は札束が絶対に必要だと思っていた。それは、やはり本能的な感であろう。理屈などない。ただ、鞄の中身を失えば自分は終わりだと本能が告げていた。  Y氏は何度も下水道の壁に身体を叩きつけられた。ヘドロに足をとられ、水圧に負け骨も折れた。  身体はボロボロだったが、諦めない。どんなケガをしようと、Y氏には金があった。この金があれば、治療費などすぐに支払える。だから、尚のこと彼は鞄を手放そうとしなかった。  必死に、必死になって鞄を抱え。中身が外に出ないようにした。  それは、意識が遠くなろうとも。
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