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泥だらけの手ぬぐいで、泥だらけの額を拭った。
くわを握り直し、振りかぶって土に叩きつける。
なんでこれだけのことが楽しいのだろう?
普段苦痛に感じているわけではないが、これほど畑仕事に身が入ったことは無い。
ふと隣のユージおじさんの畑を見た。
真っ赤に熟れたトマトが夕日に照らされて、これでもかとその体を光らせていた。
あと三日程で収穫するのだろう。
毎年おじさんの収穫を手伝って、そのお礼にまん丸とした一番いいやつをその場で食べさせてくれるのだ。
「収穫したかったなぁ」
その実を近くで見たかった。
しゃがみこんで、一つ、大きなトマトに触れてみた。
やっぱり、今年は豊作だ。
収穫したかった。
食べたかった。
「…………ぁ」
私はそれをもぎ取りそうになって、慌てて手を離した。
「こっちの方が、熟れとるじょ?」
ビクリとして顔を上げると、おじさんが、生っているトマトを一つ持ち上げて見せた。
自分は今、盗もうとしていたのだ。
おじさんには、それがわかったに違いない。
わかった上で、怒らなかったのだ。
申し訳なくて、泣きそうになった。
「ほれ」
おじさんはそれをもぎ取ると、私にくれた。
嬉しくて、泣きそうになった。
泣くのを我慢して、トマトにかぶりついた。
甘くて、甘くて、いつもよりしょっぱかった。
この味も今日で最後だ。
私は今日、生け贄になるのだから。
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