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「ガハハハッ! ウォレの言技が恐ろしければ降参しろ!」
拳のハッタリが豪快に決まるも、市もその能力を知らないわけではない。目の中の砂が取れた彼は、幻覚の龍を見上げて鼻で笑う。だが、その反応は拳も承知の上だ。
「上出来よ、大山ッ!」
油断を見せた隙に死角から接近した育が、“ドラゴンテイル”の異名を持つ伝家の宝刀の回し蹴りを炸裂させる。それは頬にクリーンヒットしたかに思えたが、市の腕によるガードが間に合っていた。
「チッ」と舌打ちを残して、育は後ろへ飛ぶ。その背後では、理将と芦長が瓦礫の中から見つけた避難用の梯子を穴の下に垂らして照子を救出していた。そこへ、蛇足の時間切れで牢獄から解放された千代も加わる。
市のカマイタチによってバラバラにした仲間が、ここに来て勢揃い。だが、それはおかしな話である。
「社木朱太郎の繋がりを全て繋げたので、アナタ達に彼の記憶が戻り助けに来たことは理解できます。だとしても、到着が早すぎるんじゃないですかねぇ?」
「んなもん、記憶が戻る前からこっちへ引き返してきてたからに決まってんだろ!」
市の疑問へ嚙みついたのは、理将であった。
まだやることがあるというシャギーと照子に見送られて、理将達は帰路を辿り始めた。だが、途中で育が思い留まる。
「全然知らない人だけど、何か困ってるみたいに見えたわ。手伝いに戻らない?」
知らない顔同士の四人は顔を見合わせる。首を横に振る者は、一人としていなかった。
芦長も同様である。隣接するメイン病棟の患者の非難が完了した暁には、最初からここへ戻ってくるつもりでいた。
記憶にない知らない相手でも、困っているのなら助けになりたい。彼ら彼女らの根本にあるその考え方は、カマイタチが鎌を振るったくらいで取り除けるものではないのだ。
「あー、そうですかぁ。馬鹿な人達ですねぇ」
市は、月光に浮かぶ顔を怒りで歪める。片足は剣で貫かれ、育に蹴られた腕がジンジンと痛む。対して、相手はシャギーというたった一人との繋がりが戻ったことで再び団結してしまった。
だが、大した障害ではない。先程は脅威であったシャギーも、今となってはただの梅ランク。千代以外は、取るに足らない雑魚である。
「束になっても雑魚は雑魚! 纏めて切り刻んで差し上げますよぉ!」
三匹のカマイタチの両前足に生えた刃が、大人の背丈ほどまで肥大化する。市の言技“鼬の道切り”のフルパワーだ。これでシャギーを除く者の繋がりを断ってしまえばいい。造作のないことだ。
「さぁ! 刈り取ってきなさ――」
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