-其ノ陸-

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 市の命令は、全てを言い終わるより前に中断される。飛来した瓦礫の金棒が、彼の腹部にめり込んだせいだ。市は肺の中の空気を血と共に全て体外に押し出され、数メートル先に何度か跳ねて転がった。  白目を剥いて痙攣しているその姿は、誰がどう見ても戦闘不能であった。  強敵である市誠十郎が沈んだ。しかし、喜ばしいこととは言い切れない。飛んできた金棒の存在が、彼の復活を意味しているからである。 「……加賀屋」 「よォ、茶髪」  傷だらけではあるが二本の足でしっかりと立ち上がっている加賀屋は、手頃なサイズの金棒を担ぎながらシャギーに答えた。 「何故、キミが市を? 仲間ではないのかな?」 「仲間だァ? ふざけんな。俺は元々ずっとソイツが気に入らなかったんだよォ! さっきから聞いてりゃあよォ、市の言技は記憶をどうこうできんだろォ? 俺が今になってテメェへの憎しみをはっきりと思い出せんのは、ソイツの仕業なんだろうが!」  一瞬、自分達を助けてくれたのかもと思ったが、そんなわけがなかった。加賀屋はまだ怒りが収まらないらしく、担いでいた金棒を市へ投げた。しかし、それは気絶している彼の僅か横へ突き刺さるに留まる。 「おかしいとは思ってたんだァ! 俺のギャンクが壊滅したのも不自然だったしよォ、アイツが一方的に俺のことを知っているような態度を取っていたことも胸糞悪かった。俺も記憶を刈り取られてたってわけだろォ? ざけんじゃねェぞコラァッ!」  収まらない怒りは周囲の瓦礫を金棒へ変えて、市の元へと飛んでいく。いち早く動いていた千代は、市の首根っこを掴むと僅かに動くだけで金棒の雨を全て回避して見せた。 「悪いけど、コイツにはまだ紐の修復をさせなきゃいけないの。殺されては困るわ」 「噂に違わぬ千里眼ってわけかァ。まァ、んな奴はもうどうでもいい」  加賀屋はシャギーを睨みつけて口角を上げると、地面を強く踏みつける。すると、瓦礫が渦巻くようにして彼を包み込み、この場に再び大鬼を出現させた。 「かかってこい茶髪ゥ! まだ勝負は終わっちゃいねェぞォッ!」  鬼の咆哮を前に、皆成す術なく見上げる他ない。市と対峙した時とは全く別物の恐怖が、一同の心を支配していた。千代では時間稼ぎはできても、勝てる見込みはない。 「逃げるわよッ!」  千代の指示に、言われなくとも皆が駆け出す。――ただ一人を除いて。 「えっ!? シャギーッ!」  照子の叫びに振り返ると、そこにはまだ元居た場所に立ち尽くしたままのシャギーの後ろ姿があった。 「加賀屋の狙いは僕だ! 皆は逃げてくれ!」 「何言ってんのよ! 繋がりが戻った今のアンタじゃあ……」
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