-其ノ陸-

43/50
前へ
/182ページ
次へ
 戦っても勝ち目はない。という言葉を、千代は止めた。その理由は、彼女の千里眼だけが知っている。 「……皆、行くわよ。市も連れて行くから、誰か手伝って」 「でも!」 「いいから! 早くッ!」  千代は食い下がる照子の手を引き、駆け出す。加賀屋は追撃する気など更々ない様子で、シャギーだけを警戒するように見下ろしていた。 「さっきまでとは随分と雰囲気が違うようだが、まだ俺を楽しませてくれんだろうなァ?」 「その期待には添えないね、添えないよ。添えないさ」  静かに微笑むシャギーは、加賀屋へキッパリと告げる。 「僕はもう、キミとは戦わないよ」  ◇  病院の敷地外まで距離を取っても、大鬼と化した加賀屋の姿はまだ十分視界に捉えることが出来た。千代は取り急ぎ市が逃げられないよう縛り付けて、目隠しをする。これでカマイタチも扱えない。 「戻りましょう! シャギーを助けないとッ!」  照子は尚も、その主張を続けている。それは仲間達も同じ気持ちだが、あの時は千代の命令に従った。それだけの説得力が、数多の戦闘経験を持つ彼女の言葉にはあったのだろう。  それに、シャギーが残らなければ自分達は今頃踏み潰されていたかもしれない。助けに戻っても、死体の数が増えるだけなのは明白である。 「照子ちゃん落ち着いて。社木は大丈夫よ。皆が見ていない時に一度、あの子は加賀屋を負かしているもの」 「確かに、ここに向かう最中に崩れ落ちる鬼の姿が遠目に見えたわ」  顎に手を添えた育が、千代の言い分を裏付ける情報を提示する。 「市の言技で繋がりを全て切られた社木は、一時的にこの世の全てを“余計なもの”と捉えられる状態になったわ。何処に何でも付け足せる、松ランクに匹敵する力よ」 「だが、オレ達が社木のことを思い出しているということは、何らかの力で繋がりが元に戻ったということだろう? もうその力は使えないのではないか?」 「風切君の言う通りですッ! それに、シャギーの言技は戦闘には向かないから戦うなって言ったのは、千代さんじゃないですか!」  照子が言っているのは、離れの病棟で襲撃前に千代が行った面談のことだ。確かに千代は、シャギーの“蛇足”は戦闘に向いていないと断言している。 「ええ、あの子は戦闘には向いていないわ」  そして、その意見は今でも変わらない。
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9495人が本棚に入れています
本棚に追加