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「ほんの悪戯のつもりだったのに、人を傷付けてしまっていた。悲しいことに、よくあることさ。特に加賀屋。キミのような男なら、心当たりなんていくらでもあるだろう?」
加賀屋が思い出すのは、シャギーの言技により刺された包丁の一件。彼はシャギーの言技を詳しく把握しているわけではない。実際に自分自身が傷を負わされている以上、シャギーの言葉が仮にハッタリであろうとも、揺さぶりをかけることはできる。
「だったら」と、加賀屋はシャギーの胸倉を掴む。
「これでどうだァ? 仮に俺の後頭部に付いている物が爆弾だったとして、至近距離で爆発すりゃテメェもただじゃ済まねェ。嫌なら言技をキャンセルしなァ!」
「生憎だけど、僕の言技“蛇足”で付け足したものは、五分くらい経過するまで僕自身でも消すことはできないよ。できないさ。できないとも。勿論、その後頭部の物のカウントダウンは、当然五分もかからずに終わるけどね」
「ハッタリだァ! 本当に爆弾なら、テメェが俺から離れられないこの状況で平然としていられるわけがねェ!」
「僕のような梅ランクが松ランクのキミと相打ちなら、出来過ぎな成果だよ。キミの負けさ、加賀屋。残り十秒」
九、八、七、六……カウントを始めるシャギーに、尚も加賀屋は「騙されるかよォ!」と笑みを見せる。だが、表情が強張っているのは明らかであった。
「できるわけがねェ! ぬるま湯みてェな生活を送ってきたテメェみたいなモヤシ野郎に、殺人なんざする度胸があるわけねェんだァッ!」
五、四、三……と、ここでシャギーは自分と加賀屋の間に蛇足を発現。二人の間に出現したダソ君の巨大風船は、二人の距離を一気に引き離す。
シャギーが安全圏まで逃げた。その現実は、加賀屋の後頭部についているそれにより強烈なリアリティを与える。加賀屋は頭の後ろのそれを掴み引き剥がそうとするが、ビクともしない。蛇足で付け足したものは、時間が経つまで対象から剝がれることはないのだ。
二、一……。
「騙されねェぞ俺はァァァァァッッッ!!!」
叫びにも似た怒号。――それは強がりでしかなかったようだ。
大口を開けたまま、加賀屋はグルンと白目を剥いて地に伏した。彼の後頭部では、目覚まし時計がジリリリリとけたたましく騒いでいる。ようやく訪れた決着に、力の抜けたシャギーは仰向けに倒れる。
「爆弾なんて出せるわけがないだろう。キミが信じてくれてよかったよ」
一か八かの悪戯。実に”蛇足”らしい戦い方であった。
勝てた。戦えないと思っていた自分が、あの加賀屋剛に。暴力に特化した松ランカーに勝つことが出来た。その事実を噛み締めるように、シャギーは見つめていた掌をギュッと握る。
「……大介君。これで少しはキミに近づけただろうか」
吐露した言葉が夜の闇に溶けていくのを見送りながら、体力の限界を迎えたシャギーは静かに目を閉じるのだった。
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