―其ノ壱―

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 ◇ 「ようこそお越しくださいまし……」  客を丁重に出迎えた旅館の女将は、その光景に途中で言葉を失った。予約を受けていたきずな一行、そして千代一行の到着は、それほどに死屍累々としていたのだ。  まずは探偵・芦長十一。海の家ですでに出来上がっていた彼は、合流した千代が飲める年齢だと知ると更にアルコールを追加し、最終的には自分一人でまともに歩けない状態にまで陥ってしまった。ただでさえ不健康そうな顔をしている彼は、今にも死にそうである。  続いて、千代。探偵と競うように飲み比べていた彼女も探偵同様酒に溺れ、失恋エピソードをぶち撒けるだけぶち撒けるとテーブルに突っ伏して夢の世界へと旅立った。その小柄な体は、今現在飼い犬であるゴールデンレトリーバーの背中に担がれている。これではどちらがペットかわからない。  海を漂っていた理将は「海水を飲み過ぎて気持ち悪い」と車酔いに続き本日二度目となるリバースを披露し、現在も青白い顔で拳と速人の肩を借りている。  悪い大人(芦長と千代)に勧められ酒を一口だけ飲んだ叶は、イメージ通りの極端に酒に弱いキャラであったらしく、笑い上戸となり長い間ケラケラと笑い続けている。彼女の腹筋は今日一日で割れるかもしれない。 「やっほー女将さん! 今日はよろしくねー」 「やっほーじゃないでしょきずなちゃん! どうしたのコレ!?」  例によって友達である女将は、今にも救急車を呼びそうな勢いである。 「あー、だいじょーぶだから気にしないで」  きずなはそれをやんわりと宥めて、和風な造りの旅館へと足を踏み入れた。それに続き、一同も入館していく。千代一行が入ろうとしたところで、女将が困り顔で口を開いた。 「すみませんお客様。ワンちゃんはちょっと」 「え? あー……」  ワンちゃんというのは、千代を担ぎ運んでいるゴールデンレトリーバー・次郎七のことである。少々悩んだ後に、久蔵は次郎七の背中からひょいと千代を拾い肩に担いだ。千代は「アタシにコクらなかったらぶっ殺すぅー」と物騒な寝言を呟いている。 「すんませんけど、この犬適当なところに繋いどいてもらっていいスか?」 「はぁ……かしこまりました」  抗議するように次郎七は「ワン!」と吠えたが、久蔵はひらひらと手を振り旅館の中へと消えていった。
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